那須・北温泉と千本松温泉(那須塩原市)

 (30日)午前中は晴れて暖かかったのに、昼になったら急に雨が降って気温が下がってきました。天候がいささか不安ではありますが、今年最後の日帰り温泉に出発しました。行き先はまず那須・北温泉。那須温泉郷から更に山間部に入った一軒宿の秘湯です。今日は運転しないで済みそうなので気楽ですが、運転する友人も私に輪をかけて呑気で、北に向かうのに冬タイヤを装着していません。
 埼玉南部で豪雨に見舞われたものの東北道は順調で、栃木県に入る頃には時折日差しも見えるようになりました。那須インターで降りて、真っ直ぐに湯本温泉方面へ。来る度に思うのですが、那須の街道沿いはメルヘンチックなレストランなどが建ち並んでいて、ちょっと変。名前だけ見るとラブホテルのような土産物屋とか、何だか箍が外れちゃった感じ。
 そんな街道のどん詰まりの那須湯本温泉、硫黄が臭う殺生石を越えて、有料道路に入ると外の気温は氷点下になります。有料道路を外れて1キロほど下る道は一部凍結していますが、何とか通り過ぎると駐車場があります。ここからは500mほど徒歩で渓谷に下ることになりますが、これがなまじ舗装してあるので、凍結して危ないのです。私は雪道対応の靴を履いていたのに、見事に転倒してしまいました。
 北温泉に来るのは99年6月以来、2回目になります。前回は1泊しましたが、今日は日帰り。ここは午後4時までに入館すれば、6時まで入湯出来るのです。まず河原の湯という露天風呂、更に入り口前のプール風呂に浸かります。雪はそれほど積もっていないし、渓谷の夕空は見えているのですが、気温が低い上に風がとても強いので、露天風呂の温度が低くなっているようです。長風呂していると身体が冷えてきそうですが、なかなか湯から上がれないというダブル・バインド(笑)。意地で眺めを楽しんでから、最後は内湯で温まりました。
 ここは元々知る人ぞ知る秘湯であって、脱衣所も狭いし、洗い場もありません。今回見た限りでは、前回はいなかったような混浴を躊躇う女性客や家族連れもいたりして、段々客層が広がってきているようでした(女性専用の風呂もあります。念の為)。

 さて、まだ時間があるのでもう一軒ハシゴ。車で30分ほどの千本松牧場にある千本松温泉。こちらは初めての来訪になります。千本松牧場は明治の元勲・松方正義が開拓した歴史ある牧場で、その一角にあった従業員用の温泉を平成15年に一般公開したのが、この千本松温泉なのだそうです。
 受付ロビーなどは簡素な作りですが、中に入ると露天風呂はなかなか広くてライトアップされた庭園まであって立派です。湯質はちょっと鉱物系の手触りがあります。しかも、源泉かけ流しで加熱していないので、夜24時まで営業しています。なかなか東北道方面に来る機会は少ないのですが、ここは是非ローテーションに入れたいと思いました。


 温泉のハシゴをしてさすがに空腹になってきたのですが、千本松牧場のレストランは年末ということで早仕舞い、車で3分の西那須野塩原インター周辺にはレストランは全く無いので、東北道上河内サービスエリアで夕食をとりました。
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# by funatoku | 2007-12-31 14:16 | 旅日記・温泉・鉄道 | Trackback | Comments(0)

メロン記念日 コンサートツアー2007冬 『100%メロンジュース』 (12/24 新宿・厚生年金会館)

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開演前の場内BGM。何故かラデツキー行進曲がかかると、場内手拍子。ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートみたい(笑)。

1 電話待っています 01年3月のシングル3作目。売上は伸び悩んだが、私は好きな曲。80年代歌謡曲風で、大映ドラマの主題歌みたいな雰囲気。黒いスーツ風の衣装にステッキを携えて踊る。
2 ラストシーン アルバム「The 二枚目」(04年12月)収録曲。

MC 右から村田めぐみ、大谷雅恵、柴田あゆみ、斉藤瞳の順で挨拶。

3 さあ、早速盛り上げて行こか~!! 04年6月のシングル「涙の太陽」12作目のc/w。上着を脱ぐ。
4 This is 運命 01年10月のシングル4作目。当時、伸び悩んでいたメロンの起死回生となった文字通り運命の曲。ロボットウォーク的な振り付けから曲に入るのは、新たな工夫か。
5 シャンパンの恋 04年10月のシングル13作目。この曲あたり、自前でハモって欲しいところです。

MC (柴田)正月からスケジュール帳に日記をつけた。2月までつけた後、空白になって7月に復活し、9月からまた空白になってしまった。(仕事量にリンクしているらしい)
(斉藤)稲葉貴子、前田有紀と旅行に行き、おみくじを引いたら大吉。年末ジャンボ宝くじを5枚買った。(柴田)「マーシー(大谷)も買ってた」

6 ランチ(村田めぐみ) ここから4曲は出たばかりのミニアルバム「メロンジュース」(07年12月)収録のソロ曲。ガールポップ風の軽い曲で、メイド服でモップを回しながら歌う。あれ結構重いんじゃないかな。
7 6月のサンシャイン(大谷雅恵) デニムの上下に帽子。フォーク・ロック風で、ヴォーカルが伸びやかで心地よい。
8 ドライブ(柴田あゆみ) ピンクのワンピース。バラードタイプの曲。歌唱力の進歩という点では間違いなくトップでしょう。
9 あくま de FAKE(斉藤瞳) 白いパンツルックにブーツ。ラップの入ったロック風。力強いヴォーカルが曲調に合っています。
10 サクラ色の約束 07年3月のシングル15作目「アンフォゲッタブル」のc/w。

MC (大谷)村田の家に泊まったら、ご飯のいい匂いで目が覚めた。手作りの朝食とプロテインを出してくれた。いい奥さんになりそう。
(村田)大谷は母親を「かあちゃん」と呼ぶ。大谷は給料日に敏感(笑)。大谷は友人を大切にする。友人少ないけど(笑)。(大谷)「少ないから大事にするんだけどね」

11 愛してはいけない アルバム「The 二枚目」収録曲。ユーミン風のポップな曲。斉藤・柴田のデュエット。前半はシルエットだけで歌う。この曲から白いスカートの衣装に換える。
12 恋愛レストラン 02年10月のシングル7作目「香水」のc/w。村田・大谷のデュエット。
13 カリスマ・綺麗 再び4人でミニアルバム「メロンジュース」収録曲を。モータウン風のファンキーなポップス。
14 お願い魅惑のターゲット 06年6月にインディーズから発売されたシングル曲。シンプルなロックの佳曲。
15 さあ!恋人になろう 02年2月のシングル5作目。メロンのロック路線を決定付けた名曲。既にこのあたりで場内「お陰参り」状態(笑)。
16 かわいい彼 03年12月のシングル11作目。CDだと単調なのに、ライブだと盛り上げる典型のような曲。
17 ガールズパワー 「さあ!恋人になろう」のc/w。イントロを繰り返すライブver。
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18 LEATHER 赤いレザー風の衣装で再登場。アルバム「FLUITY KILLER TUNE」(06年12月)収録曲。
19 香水 02年10月のシングル7作目。原曲は柴田のソロ+バックコーラスだったが、大谷や斉藤が主旋律とハモる部分が追加されている。

MC (斉藤)「こうしてコンサートを出来ることを当たり前と思っちゃいけない」(柴田)「来年も支えてください」(村田)「26歳のメイドさんは如何でしたか(笑)。こうしているとアンチエイジングに…」(大谷)「みんな恋人も作らずに来てくれて(笑)、来年はもう一人づつ連れてきてもらってもっと大きな会場で…」

20 アンフォゲッタブル 07年3月のシングル15作目。80年代ディスコ風を意識したブラコン路線。

 夏のツアーに行けなかったので1年ぶり。メロン記念日の4人が相変わらずでホッとした部分もありますが、変化の兆しを見せているのも見逃せません。
 今回は出たばかりのミニアルバム「メロンジュース」収録曲が中心だったのですが、プロデュースはシャ乱Qのたいせい氏で、つんく♂氏は関わっていません。私が聞く限り、プロデューサーとしての近年のつんく♂氏は重症の「プロトゥールス病」患者で、音をいじり過ぎ、詰め込みすぎで、曲の良さを却って殺しているケースが多いのです。つんく♂氏が関わらなかったせいか、今回のアルバムは良い意味でルーズな音になっていて、ヴォーカルの魅力を引き出しています。
 以前から夏ツアーはライブハウスでノリ重視、冬ツアーはホールで楽曲重視という区分けがあり、メロンやハロプロの過去の曲や洋楽を選曲してソロを聴かせてきましたが、今回はいずれも「聴かせる」タイプのオリジナル曲であり、より「ヴォーカルを聴かせる」という姿勢が鮮明になったと思います。初期のメロンライブではロックコンサートのノリで騒ぎたいという客が多かったのですが、その手の人たちにはちょっと物足りないかも。

 私はこの変化は大歓迎です。メロン記念日は既にアイドルとしては異例の長寿グループとなっていて、メンバーも20代半ばになりました。数年後のメロンを考えた時に、じっくりと聴かせるスタイルを取り入れる必要があります。今回「香水」で、今までにやらなかったハモりに挑戦したことは注目に値すると思いました。ヴォーカリストとしての実力も着実に上げている彼女達に是非ハモりを聴かせて欲しかったので、ホッとしました(ちなみに中澤裕子、石黒彩、飯田圭織らがいた初期のモーニング娘。は、コーラスグループと呼んでも良いくらいにハモる曲が多かったのです)。まあ、今回は曲順が遅くて、PAの音程もやや不安定だったようで、出来は今一つでしたが、この路線を続けて欲しいものです。
 今回の減点。先週の名古屋や前日は11曲めに歌っていたという「赤いフリージア」が何故かカットされていたこと。私は「赤フリ」が大好きなんですよ。何だか幸せな気分になれる曲です、歌詞は幸せというわけではないんですがね(笑)。セールス的に良かったというだけではなくて、つんく♂氏の最上の仕事の一つと考えています。せっかく行ったのにこれを聴けないのは残念でした。
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# by funatoku | 2007-12-25 06:15 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

リビング名人会 立川談志(12/18 よみうりホール)

 凄いものを見てしまった、という興奮が今も冷めません。家元は昨年あたりから、身体というより心の不調気味という印象だったのですが、そんな印象を一気に吹き飛ばす歴史的名演に立ち会えたことは落語ファンとして正に至福の時間でした。

立川談志「意地くらべ」
 家元を見るのは昨年のこのリビング名人会以来になりますが、ちょっと痩せた?深々とお辞儀して「ご来場感謝云々」と呟いた後、「もうダメだ!」「“平気でしょ”という拍手が人の不幸を喜んでいる…」「今年が最後かな」「やけくそで『芝浜』やりますよ」「(同じように演っていると)飽きるんですよ。でも変えたのがいいとは限らない」「痩せちゃったでしょ」「常識と非常識の間に現われる自我を表現するのが落語」「『寝床』の豆腐屋を端折っちゃう噺家が落語をダメにしている。“ガンモドキの作り方訊いてるんじゃないよ”っていう台詞を言うのが落語」「自殺しちゃう本当のキ○○イにならないために、擬似○チガ○になっている」
 グデングデンの酔っ払いを家に送っていったら「車椅子はどうしたんでしょう」、精神病院で「次のナポレオンの方どうぞ」といった家元の定番ほか小噺を幾つか。更に某事件を「○の○○○○い奴が落語聴きにくるんじゃないよ」

 「一席お笑いを」と本題へ。というか、私はこの噺を知らなかったので、随分長い小噺だなあと思いながら聴いていました(苦笑)。八五郎が地主から300円を借りて借金を返そうとすると、貸した旦那はそんな金は受け取れないといい、仕方がないから地主に返そうとすると、一度貸したのに返してもらうわけにはいかない…という三者の意地の張り合い。
 家元の場合は極端に状況説明が省かれていて、地主だの旦那という名前は出てこないし、八五郎という名前も多分一回しか出てきません。江戸っ子というよりは、「自分の中にルールを持っている人たち」というように受け取れました。調べたら、明治・大正期の劇作家である岡鬼太郎による新作落語でした。

立川談志「芝浜」
 随分長いお囃子を経て登場。「髪の毛の色ね」自分で染めたらしい。そういえば、やや青っぽいし、前髪は黄色っぽいのかな。昔は平気だったのに、照明が気になるなどと心細い呟き。
 「金拾ったのは夢だったと言われて、誰が仕事を頑張る気になりますか。ついてない人生だと思うんじゃないか」と「芝浜」に対する根本的な疑問を提議してから本題。

 「いつから商いに行くの」と女房に言われ明日からと答え、「明日への祝いだ」と呑み始める魚屋。朝早い商売であるのを嘆いて「誰だ?最初に早く始めた奴は」「朝の魚が新しいわけじゃない」とやけに理屈っぽいのが家元らしくて可笑しい。一昨年はやけに長く感じた芝の浜辺で顔を洗って煙管を吸う場面も、今回は短めで「大きいのに波(並み)」などと駄洒落を言ったりする。42両という大金を拾って帰宅した場面、「勘定してるだけだもの、分からないわよ」という女房の方が「海の中のものは魚屋のものじゃねえか」という魚屋より舞い上がって見える。再び酒を飲み始め「夕べの酒が“おあめでとうございます”と迎えに来て」、寝てしまう魚屋。再び起きた魚屋に、金を拾ったのは夢だと女房が言う場面、「屁みたいな商いって、今まで屁のお陰で食べてきたんじゃないか」「屁のお陰って志ん生みたいな」。「値の決め方もおかしいよ。100両とかなら分かるけど42両って」と説得するのが面白い。

 「今みたいにものを複雑に考えなかったのかね」と家元は再び問題提起するも、まあともかく魚屋は酒を断って働き始めて3年。女房は拾った42両を魚屋に渡す。
 「てめえ、あん時に!」と魚屋が女房に掴みかかるのにはちょっと驚く。しかも、この女房「優し過ぎるんだよ、馬鹿野郎」などと言うから更に驚く。3年もの間、女房に騙され続け、「有難う」と感謝しながら働き続けた魚屋の態度に、女房の方が耐え切れなくなったのだ。女房は白状して「ああ、スッキリした」と心情を吐露した上に、「捨てないでよ」と号泣。「怖いから(酒を)呑んでおくれ」と押し付けるように飲ませる…。

 驚きましたね。ここに人情噺「芝浜」の「良妻」「賢妻」は見られません。「談志は女房を良妻ではなくて可愛い女にした」と書いたのは弟子の志らく師匠ですが、もはや「可愛い女」でもないでしょう。自分の嘘に耐え切れなくなって、早く嘘という荷を降ろそうとしている一人の人間がいるだけです。私は一生嘘を吐き通す方が、白状するより余程大変だと考えますから、心にズシリと響くこの人間像には大変共感するのです。
 家元のかつての「芝浜」が写実派だったとすれば、今回の「芝浜」は印象派で、全体のテンポも速くなっているのですが、それもこの女房のリアルな人間像を浮かび上がらせるための方法論なのかも知れません。70歳を過ぎて十八番である「芝浜」を敢えて変えるのも勇気が要りますが、それをズバリと成功させる凄みに酔い痴れ、終演後も呆然としてしまいました。
 乱暴な言い方をすれば、「お伽噺」のような人情噺を別次元に昇華させてしまったという点では、古典説話を純文学に昇華させた芥川龍之介に比定出来るかも知れません。

 一度閉じた幕を上げ、「また違った『芝浜』になりました。よく出来たと思います。一期一会。いい夜を有難うございました」
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# by funatoku | 2007-12-19 08:22 | 落語 | Trackback | Comments(2)

立川談春独演会(11/30 大宮ソニックシティ小ホール)

立川こはる「真田小僧」 3月に「道灌」を見て以来ですが、随分上達していて自然に笑えました。まあ、子供の出る噺なので女流落語家向きとは思いますが、やはり成長するもんですね。前座の巧拙はここに書かないようにしていますが、ちょっと例外ということで。

立川談春「味噌蔵」 「朝潮(高砂親方)、バカですねえ」「亀田家、シェイクスピアが書くと『リア王』になる」などと、マクラは時事ネタから。さらに出たばかりの「ミシュラン日本版」に触れて、「あれはタイヤ屋が作った本で、元々車で行ける店を紹介していた…」などと説明していましたが、翌日に行ったラーメン屋で偶々読んだ週刊誌で福田和也氏(談春師のファンでもあります)がほぼ同じことを書いていました。さては福田氏がネタ元だな。
 落語家ミシュランを作ればどうなるか?「談志は70過ぎたら三ツ星から二ツ星になったとか」「今、三ツ星と言ったら志の輔兄さんは入りますね。あれ、俺が他人を誉めてるとおかしいかい?」「ファミレス部門には木久蔵、いっ平、正蔵…(笑)。俺と志らくは無星ですから」
「その代わり“客ミシュラン”もありますよ。京都と金沢は本当にやりにくい。“ふーん、談春さんね。東京で売れてるんだ”と上から見られている感じで」

 「味噌蔵」はケチん坊の主人吝嗇屋吝兵衛(しわいやけちべえ)の留守に、店の者たちがドンチャン騒ぎをしているところに吝兵衛が帰ってきたからさあ大変!というドタバタ劇。談春師が吝兵衛を好演すると、むしろこちらに感情移入してしまいそうになるわけで、余り談春師向きではないかも知れませんね、この噺。
 「何か近々悪いことが…」「里の人たちは気が触れてるんじゃ…」「何年ぶりかでおかずというものを…」なんていうトボけた台詞で爆笑。途中、通貨単位が円と両で混乱するという談春師には珍しいミスがあったりして(瑣末なようですが、江戸と明治では頭に浮かべる光景がまるで違います)本調子では無さそうでしたが、冬の雰囲気を出すのはお得意のところ。

立川談春「芝浜」 「接待されるようになりまして…」、今日の主催者(夢空間)にゴルフに連れて行ってもらった。「だから守屋派なんです」。しかし、自分で払わなきゃいけないと思って1万円渡した。「そうしたら5,500円お釣りがきました(笑)。何だそんなに安いコースだったのかと」

 談春師の「芝浜」は二年前に聴いていて、素晴らしい出来でした。どうしても、二年前の印象と比べながら聴くことになるわけですが、大きく噺の骨格を換えた部分は無さそうです。敢えていえば、芝の浜辺で顔を洗ったり、煙草を吸う場面が長くなっているあたりでしょうか。このあたりは、談志流に近づけたのかも知れません。
 ところが、後半になるにつれ、どうも主人公魚勝のキャラクター設定が前回と微妙に違うように感じられてきました。前回は「人間が変わったんだと思う」と言っていましたが、談春師は今回はっきりと「了見は変わらない」と言い切りました。魚勝の酒好きという了見は変わらないが、基本的には物事を考え込まない男なので、取り敢えず働き始めたというわけです。これは180度と言って良いほどの違いです。

 「芝浜」の女房は落語における「良妻の鑑」とよく言われます。しかし、私はこの女房が「金を拾ったのは夢だ」と魚勝に言い聞かせて、拾った金をお上に届けるまでは分かるのですが、一年後にその金が返ってきたのにもかかわらず、その後二年間も夫を騙し続けたのは随分嫌な女だなと思いますし、リアリティを感じられません。今回の女房は拾った金の件を夫に告白する段でも、どこかふてぶてしさがあって開き直ったり、冗談でしょうが「あなたがいなくても店は大丈夫」などと口走ったりします。
 私の疑問と談春師の疑問が同じかどうかは分かりませんが、「芝浜」を単なるお伽話では終わらせずに、リアリティを持たせるための葛藤が談春師にはあるのだと思います。ですから、二年前と今回では解釈が異なるわけですし、多分二年後に聴けばまた異なるのでしょう。当代の名手がこうして常に古典落語と格闘している姿は感動的でした。
 駅への帰り道で、初老の男性客が連れに「人情噺が云々」と力説しているのが聞こえました。確かに「芝浜」を人情噺というファンタジーとして聴きたい人には、ちょっと不満が残ったのかも知れませんね。
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# by funatoku | 2007-12-06 01:21 | 落語 | Trackback | Comments(0)