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「らき☆すた」に見る今どきの“角川商法”

 私はこの二ヶ月ほど「らき☆すた」(作・美水かがみ、角川書店から単行本4巻)という漫画にハマっています。追ってゆくうちに、なるほどこれが今どきの“角川商法”なのかなあ、と感心しました。漫画に詳しい人には当たり前のことかも知れませんが、このジャンルに疎い私には結構新鮮だったのですね。
 角川商法というと70年代に角川春樹氏自ら陣頭指揮で映画を制作し、「読んでから見るか、見てから読むか」なんてキャッチフレーズで本と映画を売りまくった“メディアミックス”が、その始まりと言えるでしょう。角川春樹氏が角川書店を去ってから久しいのですが、今もこの“メディアミックス”は形を変えて健在だったのです。

 この「らき☆すた」は女子高生たちの日常を描いた4コマ漫画です。進学校が舞台となっていて恋愛やシモネタが殆ど無いという形式面では、ヒットした「あずまんが大王」と共通点もありますが、学校行事を中心に描かれた「あずまんが大王」に比べて、こちらは放課後や家庭が主たる舞台になっていて、宿題、パソコン、ネット、オタク、萌え、ゲームなどのネタが多く、時事ネタや楽屋オチも珍しくないなど、内容的には異なる部分の方が多いと言えるでしょう。
 主人公の泉こなたはコミックやゲーム好きの“オタク”で、彼女のオタクっぽい言動に、優等生の柊かがみが“ツッコミ”を入れるというのがこの漫画の基本形。それに双生児の姉・かがみに似ないおっとりタイプの柊つかさと、優等生で学級委員の高良みゆきを合わせた4人が主役級メンバーです。

 さて、話を戻すと、雑誌に連載された漫画が単行本化され、好評につきアニメ化される…。この漫画はそういう道筋を辿っていますが、これはよくあることで、何も“メディアミックス”などと大袈裟に表現することではありません。しかし、細部を良く見るとそれほど単純ではなくて、まず掲載誌は一誌だけではないのです。メディアミックス誌「月刊コンプティーク」、コミック誌「月刊コンプエース」、アニメ誌「月刊ニュータイプ」(いずれも角川書店)にそれぞれ連載中です。しかも、各誌に別の携帯ストラップが付録でついていたりするので、ファンは各誌に眼を配らざるを得ないという仕組みになっているんですね(笑)。
 各誌の漫画の後には、読者からの葉書を紹介したり、質問に答える「らっきー☆ちゃんねる」という見開き2頁の情報コーナーがあるのですが、ここに漫画本編には登場しない「アイドル・小神あきら」という新キャラクターをメインに据えたのも、なかなか上手い仕掛けです。二つの世界を作ることで、これらがどう関連してゆくのかという興味を持たせるようなフックになっているわけですね。
 またこの「らっきー☆ちゃんねる」はアニメ化に先駆けてラジオ番組として独立しており、ここでは「小神あきら」とオリジナルキャラクターの「白石みのる」が登場しますが、後者は声優の白石稔が自分をモデルにした「白石みのる」を演じています。更にこの番組の最後には「らっきー☆ちゃんねる」を聴いた柊かがみ・つかさ姉妹が感想をお喋りするというコーナーがあります。自分たちが主人公である番組の情報コーナーを、一リスナーとして聞いているという重層的な構造なので、初めて聞いた人にはなかなか分かりにくいかも知れません。しかも、この番組はアドリブ部分が多いようで、役としての演技と声優の地の部分が微妙に交錯するのですから。
 更に、「らき☆すた」には05年と07年に発売されたゲーム(任天堂DS)もあります。これはドラマの進行中に出てくるドリル(計算、英単語等)を解くという脳トレで、ストーリーは原作では描かれなかった泉こなたのアルバイト生活が中心になっています(オタクというのは結構金がかかるので、高校生にはバイトが必須になるんですね)。ここでもゲームで初登場するキャラクターを、逆に原作漫画に登場させたりして、単なる“外伝”では終わらせていません。
 そして、この4月からは東京MXテレビ他でアニメ版「らき☆すた」が始まっています。原作が日常の「あるあるネタ」を中心にまったりとした雰囲気なので、テレビで30分続けると単調になる危険がありますが、まず番組内に前述の「らっきー☆ちゃんねる」コーナーを設けることで変化をつけました。そして本編では原作をベースにしつつも、原作には無かった他作品のパロディを積極的に混ぜることで、動きのある場面を取り入れることに成功しています。ただ、パロディというのは原典が分かる人はとても喜ぶけれども、知らない人を排除してしまう危険性がありますが、この番組がパロディ(というよりコラボレーションに近い)にしている「涼宮ハルヒの憂鬱」「頭文字D」「アニメ店長」などを殆ど知らなかった私でも楽しめましたから、バランスは保っていると言えそうです。漫画よりも不特定多数が見るアニメの方が一般向きになっていると思われそうですが、地方局で深夜放映という時間帯のせいか、アニメの方がマニアックに出来ているのです。エンディングに特定のテーマ曲を置かず、主役4人がカラオケボックスで歌っているという設定で、毎回異なるアニメやドラマのテーマ曲を歌っているのもなかなか斬新なコラボレーションです。
 この9月には、ノベライズしたジュニア小説「らき☆すた殺人事件」が刊行される予定であり、また上記の掲載誌には美水かがみ氏が原作で、他の漫画家の作画による4コマではないストーリー漫画の「らき☆すた」も並んでいるのです。素人が同人誌でやりそうなことを、既に本人たちが押さえている(笑)。こうしてみると、アニメでも原作の世界を忠実に守った「あずまんが大王」とは実に対照的で、どう料理しても「らき☆すた」の世界は壊れないという作者の自信を感じてしまいますね。

 雑誌、単行本、ラジオ、テレビ、小説、ゲームと多様な媒体において、それぞれ重なりつつも異なる世界を提示し、受け手はその微妙な差異を楽しむというのは、実に“オタク”的なメディアミックスではありませんか。
 評論家大塚英志氏は『「おたく」の精神史』(講談社現代新書)の中で、一般大衆をターゲットとしてマスセールスを求め続けた角川春樹氏に対して、角川書店を継承した角川歴彦氏は早くから“オタク”(趣味の領域ごとに分断された消費者)をターゲットにしていたと、二人の出版人としての資質の差を指摘しています。.春樹氏においては大作映画を中心にしたメディアミックスが、歴彦氏においては微妙な差異を楽しむ手段としてのメディアミックスに変貌しているわけですが、大博打のような前者に比べて、各メディアから少しずつ回収してゆこうという後者の方が、出版不況の中で生き残る手段としては現実的なものであるでしょう。大塚氏の前述書でも、角川歴彦氏が目指したのが、アメリカにモデルをとった「まず架空の世界像を作って、その世界に関する情報を本の形で小出しにしていき、受け手にその世界の全体像を想像させつつ、具体的には本やゲーム用のキットを売ってゆく」手法であると明記されています。この「らき☆すた」にはそうした手法が合っていたことは間違いないでしょう。もっとも、アニメ開始当初に原作本が品切れ状態だったり、ゲームとアニメでは声優が全員交替するなど、割と隙だらけなのがご愛嬌とも言えますが。
 先頃、朝日ソノラマが廃業を発表しましたが、雑誌とソノシートを組み合わせた朝日ソノラマこそ“元祖メディアミックス”だったわけです。しかし、朝日ソノラマは早くから“オタク市場”に進出していたのもかかわらず、メディアミックスの遺産をオタク向けに転化することが出来ませんでした。こういう点から見ても、兄のメディアミックスという遺産を自分流にアレンジした歴彦氏の先見性はもっと評価されて良いものではないかと思いますね。
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by funatoku | 2007-06-27 20:13 | 文庫・新書 | Trackback | Comments(4)