<   2005年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

奥島貞雄「自民党幹事長室の30年」(中公文庫)

自民党の幹事長といえば、日本政治の中枢中の中枢である。本書は田中角栄から加藤紘一まで
22人の幹事長の下で、30年間幹事長室の事務職員として勤め続けた著者が見た幹事長たちの
素顔の列伝である。まず文章が良い。権力中枢に近かったことの驕りを感じさせず、卑屈さも無い。
事務的に羅列するだけではなく、興味本位の暴露本でもない。これは著者のバランス感覚の良さの
なせる業であろう。昭和から平成への政治史を概観しながら、貴重な証言も散りばめられている。

夜遅くなって幹事長室にいると、田中(角栄)は決まって、まず我々職員に声をかける。「君ら、もう遅くて自宅には帰れないだろう。宿はあるのか?おい、○○君!」という調子で秘書を呼び「ホテルをとってやれよ」と言い残し、自分はあたふたと幹事長室を出て行くのである。(略)「今から終電に揺られて帰っても、身体が休まるもんじゃない。ホテルをとってやれ」。難しい政局運営の渦中で、連日野党との折衝や政治判断でそれこそクタクタになっているはずの人が、我々のような若い党職員の一人一人にまでよくも気が回るものだと感心させられたものだ。

幹事長になって一年ぐらい立ったある日、幹事長室で夕食の弁当を食べながら、田中(角栄)がポツリと漏らしたことがある。「あーぁ、政治家なんか長くやるもんじゃない…(略)俺は六十になったら辞めるよ」(略)「幹事長なんてもう辞めたい」「政治家にも定年がある」…(略)その後、「大物」の口から、何度この言葉を聞いたことか。そうした発言こそが、むしろ政治家として充実していることのバロメータ、いわゆる「嬉しい悲鳴」だと私は解釈している。

実は幹事長室のメンバーは福田(赳夫)幹事長就任後しばらく半ば失業状態であった。日常のスケジュール作りや地方遊説の調整などは、すべて福田やその秘書が知り合いの他部署の職員などを使って行わせ、我々は相手にされなかったのである。(略)この辺のいきさつを(略)聞いたのは、福田が就任後一年ほど過ぎたある酒席でのこと。「オクちゃんたち幹事長室職員全員の身元調査をやらせてもらったんだよ」という言葉には驚いた。だが憤りよりは「なるほどなあ」という気持ちが強かったのも事実だ。(略)考えてみれば、我々は福田の就任直前までライバル田中角栄に「仕えて」いたのである。

(福田赳夫の)印象を一言でいえば、「芯が強く、自信家で、しかし人の話にはじっくりと耳を傾け、そして……勝負に弱い」

中曾根(康弘)は幹事長として地方に出張する際、必ずと言っていいほど他派の若手議員を誘った。一緒に旅をすれば気心も知れる。こうしてコツコツと人脈作りに精を出していた。そしてそれは見事に役立ったようだ。後の中曾根内閣発足時の閣僚名簿には、この時期旅行に誘っていた他派閥の人名が多く見られたのである。

党本部に来ても事務局にちょくちょく顔を見せる幹事長は、意外に少ない。ベストスリーは田中角栄、竹下登、大平正芳といったところ。現れ方は三者三様だった。田中はどっかと座り込むや、紙とペンを取りだして何事が書き付けては「あの時吉田首相が…」などという話を一生懸命語り、話し終えると慌しく席を立っていずこにか消える、というパターン。竹下の「ご機嫌伺い」は、決まって「どや?」。ニコニコしながら面白おかしい話を披露しては、職員たちを笑わせていたものだ。これらに対して大平は、もっぱら聞き役の風情だった。

総裁室から幹事長室前を通り、エレベーターに向かう時、私は一礼して見送ったのだが…。
この時、入れ代わるように幹事長室に入ってきたのが田村元代議士である。田村はいきなり大声で「おい!あの大平(正芳)の顔は何だ。死に顔じゃないか!」と誰に言うともなくまくしたてた。いつも誰彼なく大声で話す人である。「縁起でもない」と我々は眉をひそめたのだが、不幸にもその直感は的中してしまう。午後の遊説を終えた大平はその晩、午前零時三十分過ぎ、虎ノ門病院に緊急入院。「過労による狭心症」が病名であった。

本来物静かで一人の思索を好む哲学者タイプの大平(正芳)の時代に、それこそ自民党の歴史に残るような政争が頻発したというのは歴史の皮肉としか言いようがない。(略)考えてみれば、党を二分するような争いは、不思議とハト派政権時代に起こっている。三木政権、後の宮沢政権なども典型だ。単なる歴史のめぐりあわせなのか、それともハトにはもともと全体をまとめる能力がないからなのだろうか。

この幹事長代理職を一躍クローズアップさせたのは、ずっと歴史を下って平成八年、橋本龍太郎内閣時の加藤紘一幹事長のとき、同代理に就任した野中広務であろう。(略)野中は私に言ったことがある。「わしは加藤幹事長にどうしようこうしようというより、補佐に徹しとるんや。補佐する人間のあり方を、若い副幹事長の人たちに見ておいてもらいたいと思うとる」

最高顧問・実力者会議で中曾根(康弘)再選の方向が事実上決まった後、「では推薦人は挙党体制の証として党役員が名を連ねよう」ということになったのだが、その筆頭に二階堂(進)が自らの名を記した時には、さすがに唖然となった。ほんの少し前まで、「中曾根はけしからん」と声を張り上げ、これを倒すために野党とさえ組もうとしていたその張本人が、中曾根推薦人名簿の一番手に、墨痕鮮やかに「二階堂進」と書いたのである。

忘れられないのは、昭和六十年の日航機墜落事故。真夏の惨事だった。御巣鷹山で懸命に救助活動に励む自衛隊員の姿をテレビで見た金丸(信)は、即座に我々事務局に命じて、ビールやジュースを現場に届けるよう手配させた。「大変なところで頑張っているのだから」と。同じ画面を見ていた事務局の誰もが、「たいへんだ」と囁き合うばかりでそこまでは思いが至らなかった。こういう繊細さは、田中角栄を彷彿とさせるものだった。

議員の中には、場にふさわしくない言動を行ったり、あまりに政治音痴的な立ち居振舞いをしたりする人が必ずいる。こんな人が竹下(登)のいる幹事長室から出て行くと、しばらくして「あいつはポンだ」などというはきすてるような独り言がドアの向こうから聞こえたりもした。人知れず鬱憤晴らしができるタイプだったのだろう。歯を食いしばった数分後には、もうニコニコと普通の表情で接している姿は、相当な修行を自らに強いた人間のように思えた。


さて、著者は最初に仕えた田中角栄を幹事長としてベストとしているが、ワーストの幹事長は
小沢一郎と断言する。再生を前提とした「解体屋」ではなく、壊すだけの「壊体屋」と手厳しい。
小沢についての具体例は読んでのお楽しみということにしておくが、小沢と竹下派の跡目争い
をした政敵・梶山静六から著者は“小沢派”と見なされてイジメを受けたりしている。
「昔は良かった」というわけではないが、確かにこの辺になると、スケールが小さいですなあ。
(本書に登場する幹事長)田中角栄、福田赳夫、保利茂、橋本登美三郎、中曾根康弘、内田常雄、
大平正芳、斎藤邦吉、桜内義雄、二階堂進、田中六助、金丸信、竹下登、安倍晋太郎、橋本龍太郎、
小沢一郎、小渕恵三、綿貫民輔、梶山静六、森喜朗、三塚博、加藤紘一(就任順)
[PR]
by funatoku | 2005-09-25 19:35 | 文庫・新書 | Trackback | Comments(0)

第九回 古今亭寿輔ひとり会(9/12 上野広小路亭)

寄席で初めて古今亭寿輔師匠を見た時の衝撃は忘れられない。「こんな落語家がいるのか」という
驚きは、十代で初めて川柳川柳師(当時・三遊亭さん生)を見た時に匹敵するかも知れない。
口髭を生やした怪しい風貌のおじさんが、蛍光色の派手な着物で現われる。それを見て笑った
客をいじり始める。「まだ、何も喋っていないのに」「着物が陽気な分、性格は陰気」「人呼んで
落語界の“サリン”」「三列めの奥さんは顔で笑っているけど、心の中じゃ私に反感を抱いている」
「私の場合やればやるほど、芸がダメになる」「この程度の客じゃあ…」「アハハじゃなくて」
笑わせながらも、客席との間に微妙な緊張感を作り出しておいて、本題に入ると実はこれが
本格派の芸風で、一気に客をつかんでいく…。このギアチェンジの浮揚感が癖になるのだ。

もっとも、そこまで会心の高座にあたることはなかなか無かったが、何年か前に聴いた
横浜にぎわい座のトリが素晴しかった。確か「地獄めぐり」ではなかったかと記憶している。
近年私は寄席定席になかなか行けなくなったが、昨年8月上席にはトリの寿輔師目当てで
浅草演芸ホールに出かけていった。ただし、その日は途中で咳き込んでしまうアクシデントが
あったせいか、枕の延長のような漫談(「男はつらいよ」という題があるらしいが)だけで終わった。
私は今回初めて来たのだが、独演会は年に一度、ご贔屓筋が主催しているようだ。
客同士に顔見知りが多く、狭いホールは満席に近い入り。落語ブームの影響かは判らない。

神田きらり「寛永宮本武蔵伝 狼退治」

古今亭錦之輔(題不明) ワルに仲間入りしようとする男と、それを面接する男のコント
風の新作。そのグループが、悪餓鬼に対抗するための保育士たちだったというオチ。

古今亭寿輔(題不明) メクリを返すと名前が逆さまになっているのに、前座のきらりが
それに気づかないというアクシデントがあって師匠登場前に客席が沸く。「前座を4年やりましたが、
高座返しでも受けようとしたものです。柳家小三治さんは高座返しだけでも面白かった」などと
思い出話から入る。枕の客いじり、「○○さんが、今入ってきた」などとやってるところを見ると、
常連さん比率がかなり高そうだ。そうすると、残念ながらあの客席との微妙な距離感が生じない。
新婚の会社の同僚を酒に誘ったら、すっかりあてられてしまい、おでん屋で一人酒。家に帰ると
今朝喧嘩した女房からの謝りの手紙が牛乳瓶受けに入っていた…、といった筋の新作落語。
寄席では演題が発表されないので不便ですな。何となく桂米丸師のサラリーマンものを髣髴させた。

D51(コント) 二人組でリフォーム屋と客のばあさんのコント。ちょっと長過ぎた。

古今亭寿輔「薮入り」 プログラムにスポニチの寄席評が転載されていて、花井伸夫氏が
新宿末広で見た寿輔師の「薮入り」を褒めている。記事を読んだ常連客のリクエストだったようだ。
「普段はやらない噺をたまたまやったら、新聞記者が聞いていたんですね」
大師匠の古今亭今輔(直接の師匠は三遊亭円右。「古今亭寿輔」は円右師の前名でもある)は、
新作の“おばあさん落語”で知られたが、若い頃は三遊亭円朝作品ばかり演っていたそうで、
その今輔師匠に教わった噺と説明してから本題へ入る。

夜中に父親が金坊の帰りを待ちかねてる場面から始まる。「“アク”が父親を通して発散される
分、母と久々の帰省となる息子が淡彩に描かれており、一層の起伏を生み出していた」という
花井氏の評の通り、父親主体の描き方をしている。クスグリ自体はオーソドックスなものばかり
だったようだが、寿輔師の怪しい風貌と美声で演じると独特の味わいが出てくる。
正直なところ私は花井氏ほど父親にも“アク”を感じなかったのだが、昨年還暦を迎えた寿輔師は、
今後アクが抜ける方向に行くのか、それともアクは濃くなってゆくのか、楽しみになってきた。
b0058309_223129.jpg

寿輔師がおでんを食べる仕種が上手いので、私もおでんを食べたくなり、帰りに新宿の有名店に
思わず立ち寄ったのだが…。うーむ、師匠が“食べていた”おでんの方が、美味しそうだったな…。
[PR]
by funatoku | 2005-09-15 02:23 | 落語 | Trackback | Comments(2)

鈴木隆祐『名門高校人脈』(光文社新書)

全国300の名門高校の著名人人脈を探る本。出身大学については、マスコミなどでもよく
触れられるが、高校というのは盲点だったかも。新書で448頁もあるが、一気に読めた。
本書からちょっと“意外感”がある先輩・後輩の組み合わせを挙げてみよう。

西村晃(俳優・水戸黄門)、中谷一郎(俳優・風車の弥七)札幌南高校
伊藤整(作家)、加藤浩次(極楽とんぼ)小樽潮陵高校
中島みゆき(歌手)、安住紳一郎(TBS)帯広柏葉高校
菅原文太(俳優)、井上ひさし(作家)仙台第一高校*新聞部で一年違い
佐藤B作(俳優)、松野行秀(沢田亜矢子の元夫)県立福島高校
石原莞爾(陸軍中将)、丸谷才一(作家)、南部虎弾(電撃ネットワーク)鶴岡南高校
ケーシー高峰(コメディアン)、ビートきよし(漫才)新庄北高校
萩原朔太郎(詩人)、糸井重里(コピーライター)前橋高校
神崎武法(公明党)、志位和夫(共産党)県立千葉高校
宇津井健(俳優)、市原悦子(女優)県立千葉高校
山崎晃嗣(光クラブ事件)、浜田幸一(衆議院議員)木更津高校
浜四津敏子(公明党)、風祭ゆき(日活ロマンポルノ)都立戸山高校
堤清二(セゾングループ)、芳村真理(タレント)都立西高校
高見映(のっぽさん)、東海林さだお(漫画家)都立立川高校
小泉純一郎(首相)、窪塚洋介(俳優)横須賀高校
俵万智(歌人)、中垣内祐一(バレーボール)藤島高校
しりあがり寿(漫画)、赤堀元之(近鉄・投手)県立静岡高校
ジャンボ鶴田(全日本プロレス)、林真理子(作家)日川高校
池田満寿夫(版画家・作家)、町田行彦(国鉄・本塁打王)長野高校*同年生まれ
赤瀬川原平(美術家・作家)、浅井慎平(写真家)県立旭丘高校*同年生まれ
坪内逍遥(作家)、二葉亭四迷(作家)県立旭丘高校
湯川秀樹(ノーベル賞)、島崎俊郎(コメディアン)府立洛北高校
西本幸雄(プロ野球監督)、竹中平蔵(国務大臣)県立桐蔭高校
桂米朝(落語)、藤岡琢也(俳優)姫路西高校
小松左京(作家)、村上春樹(作家)県立神戸高校
尾崎放哉(俳人)、福士敬章(南海、広島、韓国三星・投手)鳥取西高校
種田山頭火(俳人)、重松清(作家)県立山口高校
原田宗典(作家)、大森うたえもん(たけし軍団)岡山操山高校*同年生まれ
広岡達朗(西武監督)、浜田省吾(ミュージシャン)呉三津田高校
ターザン山本(週刊プロレス編集長)、弘兼憲史(漫画家)岩国高校
岸田秀(心理学者)、中野美奈子(フジテレビ)丸亀高校
大藪春彦(作家)、南原清隆(ウッチャンナンチャン)高松第一高校
大友柳太朗(俳優)、石田波郷(俳人)松山東高校*同級生。大友が石田に俳句を教えたとか
石井和義(K1プロデューサー)、片山恭一(作家『世界の中心で愛を叫ぶ』)宇和島東高校
永淵洋三(近鉄・「あぶさん」のモデル)、村井国夫(俳優)佐賀西高校
草野仁(司会者)、麻生祐未(女優)長崎西高校
平松守彦(大分県知事)、村山富市(首相)大分上野丘高校*同年生まれ
福島瑞穂(社会民主党)、河野景子(貴乃花夫人)宮崎大宮高校
岡留安則(「噂の真相」編集長)、そのまんま東(たけし軍団)都城泉が丘高校
辛島美登里(ミュージシャン)、柳田理科雄(科学ライター)鶴丸高校*同年生まれ
南野知恵子(法務大臣)、恵俊彰(ホンジャマカ)甲南高校
渥美清(俳優)、和田勉(NHK)巣鴨高校
篠山紀信(写真家)、北方謙三(作家)芝高校
坂本新兵(「ピンポンパン」)、山本晋也(タレント)早稲田高校
蓮實重彦(東大総長)、角野卓造(俳優「渡る世間は鬼ばかり」)学習院高等科
養老孟司(解剖学者「バカの壁」)、細川護煕(首相)栄光学園
木村太郎(ニュースキャスター)、サンダー杉山(国際プロレス)東海高校
黒木香(AV女優)、辛酸なめ子(漫画家)女子学院高校
原由子(サザンオールスターズ)、荻野アンナ(芥川賞作家)フェリス女学院高校*同年生まれ

地方における名門高校の威光はただならぬものがあるようで、地元企業に高校閥があったり、
中学浪人が珍しくないなどと聞くと、東京育ちとしては驚くばかり。
ちなみに私は名門ではない公立高校の出身。本書で“名門”とされている私立を二校蹴って
入学したのだが、反骨精神などというものではなく、そういうことに無知だっただけである。
“名門校”を出ていた方が何かと世間で通りがいいことに、卒業後に気づいたという間抜けぶり(笑)。
[PR]
by funatoku | 2005-09-10 18:59 | 文庫・新書 | Trackback | Comments(2)

立川志らく「第8回志らく百席」(9/2 横浜にぎわい座)

立川志らく「不精床」 朝のラッシュ時に駅前で演説している候補者は、一体誰に向けて
喋っているのか。「商店街は閉まっているし、通勤客は誰も止まらない。結局聞いていたのは
それを観察していた私だけ」片山さつきの髪型「B型肝炎から復帰した石川ひとみさんかと」などと
選挙ネタから入り、茶色に染めた自分の髪について、美容室で任せてたらこうなったとのこと。
「ただ、茶色いんで“(快楽亭)ブラックさんですか”と言われたので、黒く染め直そうかと…」
噺家は角刈りでいいという人もいるが、「職人はいいけど、女を演るときはどうなのか」
師匠・談志は泥鰌ヒゲを生やして『紺屋高尾』を演ったことがあり、見ていて可笑しかったが、
お客さんは涙ぐんだりしている。「お客さんには、あの泥鰌ヒゲが目に入らないんですね」
初めて行く床屋で大将に「アッ」と言われ、顔がバレたと思ったら、「円形脱毛症がありますよ」
床屋や美容室で洗髪しながら「痒いところはありませんか」と訊かれると、東京では8~9割が
「ない」と答えるが、大阪では8~9割が「ある」と答える。ホントかいな。
タオルを顔にかけられて「熱いっ!」と言うと、「熱くて持っていられなかったんですよ」

客を乞食と間違えた不精な床屋の大将。「乞食じゃないなら、日本書紀か?」「物貰いじゃ
ないなら結膜炎か」切る前に髪を水で湿してくれという客の頭を、指で“示す”。
甕に入った汚い水にはボウフラが。「♪ボウフラはみんな生きている」名前は太郎とナターシャ。
大将は小僧に髪を切らせようとするが、この小僧が大将以上に危ない奴で、可笑しい。
怒って帰ろうとする客に8万5千円を請求し、「またのお越しを」というサゲ。
「不精を危険な床屋に変えて演じている」(『全身落語家読本』)とのことだが、私は何年か
前に見た古今亭志ん五師の不精床が、まさにこの“危険な床屋”で、未だに印象に残っている。

立川志らく「不動坊」 続けて「東京ブギウギ」の出囃子に乗って登場。「不精床」は前座が普通に
やると場内水を打ったように静かになる。「演りながら不精床じゃなくて、異常者床屋だな、と」

前半は不動坊の未亡人の娶ることになって浮かれる吉公、後半は不動坊の幽霊を出して
吉公を驚かせようとする長屋の連中が主人公。
幽霊役に仕立てようとして「林家正蔵という噺家がいる」「下手糞な?」「…怪談噺の名人だ。
その弟子で正吉というのがいる」その正吉が現われると「喋りが三遊亭ですね」
火の玉を作るためにアルコールを買いに行くが、間違えてアンコロを買ってくる。
「火はつかないけど、食べ過ぎると胸が焼けます」「笑点か」
正吉の幽霊、「四十九日も済まないうちに嫁入りするとは…羨ましい」祝儀を1円貰ったが、
まだ残っている幽霊に吉公「途中でさ迷っているのか」「途中でぶら下がってるんです」

前半は一人キ印で、後半はドタバタ劇。志らく師に合った噺かと思ったが、「いかんせん、噺に
嘘がある。(略)屋根の上に何人も乗り、天窓からうらめしいとぶらさがるなんて、現実感が全く
ない」(前掲書)とのことで、その上この日は体調が優れなかったのか、いつもより口跡が悪くて、
この噺に限らずギャグを聴き取りにくい部分もあった。ま、たまにはこういう日もあります。

カンカラ(コント) 5人組のチャンバラコント。「爆笑オンエアバトル」で何回か見ているが、
落語会に出演するのは初めてなのだという。そういやチャンバラ・コントって久しぶりだな。

立川志らく「お若伊之助」 先日、爆笑問題の番組に出たら、初めて会った眞鍋かをりが
こちらを見て驚いている。落語家というのはおじいさんなのだと思い込んでいたらしい。
「立川談志って知らない?」「えーっと、あんまりテレビとか出ていませんよね」
これには大田光が怒った。「誰もがテレビに出たいわけじゃない!談志師匠はテレビなんか
超越してるんだ!」もっとも談志自身は「最近テレビの仕事が来ない」とボヤいていたとか。

恋仲の伊之助と引き離されたお若のもとへ、伊之助に化けた狸が通ってきて懐妊する噺。
「猫にかつぶし、噺家に財布、金正日に核兵器を持たせたような…」
「柳家小三治と鈴々舎馬風、仲が悪い。…面白いでしょ」
「そこにいたのは…ぺヤングの志の輔。じゃなくて伊之助」
「伊之助だ」「式守?」
「このエロダヌキめ。人間国宝になんかなって…」
なんてクスグリを入れたのは、「(三遊亭)円生のイメージが強くて演りづらい(略)。くすぐり
というくすぐりがことごとく円生の色に染まってしまっている」(『全身落語家読本』)からか。

「結末をなんとかしたい。(略)陰惨だ。女がかわいそう。せめて二人を一緒にさせてあげたい」
(『志らくの二四八席辞事典』)ということで、志らく版ではお若伊之助は晴れて夫婦になる。
「女の腹から生まれてきたのが狸の双子で、これを葬ったのが因果塚である、というラスト」
(同上書)だが、訊いてみたらそんな由来は無いそうで、「いかに落語がいい加減かという」
[PR]
by funatoku | 2005-09-03 18:11 | 落語 | Trackback | Comments(0)