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寄席に行かない週末は、落語本でも読もう

三遊亭円丈『御乱心』(1986年、主婦の友社)

1978年に前会長の三遊亭円生が、真打の濫造を不服として落語協会を脱退するという
事件があったが、その真相を当時真打になったばかりで、師・円生と行動をともにした著者が
赤裸々に描いていて刊行時かなり話題になった本。この事件の詳細については割愛するが、
古今亭志ん朝、立川談志、月の家円鏡(現・橘家円蔵)、林家三平といった当時の人気者が
円生に同調する動きを見せて大騒動になったものの、結局脱退したのは円生一門だけであり、
翌年の円生急死後、一番弟子の三遊亭円楽の一門を除いて落語協会に復帰している。

一読して感じるのは著者の「円楽憎し」という感情の強さである。脱退騒動の時に師匠に
「落語協会に残りたい」と申し出たら、円生と夫人に「恩知らず」と責め続けられるなど、
トラウマになりそうな経験もしたのに、著者の怨念はあくまでも円楽に向かうのだ。
落語協会に残りたい理由も、要は兄弟子・円楽と行動を共にしたくなかったということらしい。
全体の記述自体は読みやすく、ということはそれなりに冷静に進むのだが、こと円楽への
怨念だけは滲み出してしまうというのが面白い、且つ少し恐ろしくもある。

しかし、何故そこまで円楽を嫌いなのか。この本を読んでも分かるようで、分からないのだ。
円生一門が独立した途端に円楽は円生と距離を置き始め、円楽は自分の芸能事務所を一門に
協力させることを拒んだりしたというのは、妙な策士的な部分であり、著者の論客的な部分と
反発しあったのか、とも思われるが、策士の割にはその後の円楽の道筋には損が多い。
それにしても、独立後の円生の芸が改めて輝き始めたというのは、芸人の凄みを感じるなぁ。
「自分の置かれた苦境をバネに円生の芸は燃え盛った。(略)それは歌舞伎座での独演会で
最高潮に達した。七十八歳にしてこの芸!俺は信じられなかった。全く衰えを知らないのだ」

あと全く個人的発見。通夜があった円生の自宅が中野の「美野マンション403号室」とあるのだが、
父の友人が長く同名のマンションに住んでいたのだ。この方には私も昔色々お世話になったが、
円生宅の話題が出た記憶はない。改めて確認しようにも、今月亡くなってしまったのである。

鈴々舎馬風『会長への道』(1996年、小学館)

こちらは現・落語協会副会長の自伝。「会長への道」は落語協会の上の師匠方が次々に死んで、
著者が会長になるまでを描く得意ネタ。始めた当時は上にたくさん人がいて、フルバージョンでは
一時間近かったらしい、今や上には三遊亭円歌会長しかいないが、どう演っているんだろう。
ただ、もし本当に会長になってしまったら、文字通り“洒落にならない”ね。

著者は古典派ではなく、キックボクシングのリング・アナウンサーを務めたり、一見すると
アウトサイダー的なのだが、実は徹底的に色川武大流に言う“インサイドな気質”の人なのだ。
私には最も欠けている部分なので、読んでいてそこが興味深かった。

金田一だん平『落語家見習い残酷物語』(1990年、晩聲社)

お次は対極的な“アウトサイダー”。著者は三遊亭円窓に入門するがそこを飛び出し、後に八代目・
林家正蔵に再入門するも破門され、落語家を諦める。本書にはその円窓への怨嗟に満ちている。
ただ、挨拶が小声だったのを「あなた、損しちゃう」などと注意されたのを、「この師匠は物事を
損得でしか考えない」となどと断じてしまったり、もう最初から通じ合う部分が無い。
というか、そりゃ一応弟子の態度としては如何なものかと…。

何とも不思議なのは、著者は立川談志に傾倒していたにもかかわらず、何故わざわざ正反対の
師匠のところに入門してしまったのか、ということである。入門時には上智大学在学中で、
落語界の様子に全く無知だったという訳でも無さそうだ。
後年、立川談志は落語協会から独立するので、前歴に関係なく入門出来たかも知れないのに
それを試みた形跡はない。既に三十近かったかも知れないが、同時期にやはり三十前で入門して
大成した立川志の輔という成功例もあるのだから、やってやれないことではなかったはず。

落語界に少しでもコネをつけようとして、選りによって一番頼りにならなさそうな三遊亭さん生
(現・川柳川柳)と付き合い始めたりと、著者の行動はチグハグ過ぎる。で、結局このさん生に
円窓門下だったことを隠したまま林家正蔵に入門させられ、それが発覚して破門になっている。
著者はあとからさん生を怨んでいるけど、元々危険ににじり寄るタイプの人なのかも知れない。
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by funatoku | 2005-07-31 23:38 | 落語 | Trackback(2) | Comments(0)

今日のトリビア(1)

「巨人・大鵬・卵焼き」の横綱・大鵬は、巨人ではなく南海ホークスのファンだった

「私は裸一貫、独りでやってきたと思っています。巨人は団体だから一緒にはならない。(略)
日本人が好きなものの代表としての言葉は光栄ですが、私自身は南海が好きだったんです(笑)。
野村とか広瀬とか、杉浦投手だっていい人だよね」(「サンデー毎日」05.7.31号)

組織野球の巨人より、個性派野球の南海が好き、ということのようですね。
私が子供の頃に聞いた印象だと、「日本人が好きなもの」ではなく、「子供が好きなもの」として、
やや軽侮の入った言葉だったのですが、まさか御当人にそんなことは訊けないでしょうし、
現在ではもはや、名横綱の“枕詞”として定着しており、侮蔑的な意味合いは無いでしょう。

それにしても、この歴史に残る言葉を、一体誰が最初に考えついたんでしょうかね。
大宅壮一?青島幸男?或いは新聞記者なのか?機会があれば、調べてみたいと思います。
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by funatoku | 2005-07-29 17:30 | Trackback | Comments(0)

柳家喬太郎独演会「喬太郎のミステリアスナイト」(7/22 グリーンホール相模大野・多目的ホール)

柳家小太郎「酢豆腐」 似たような噺ながら、三遊亭は「酢豆腐」、柳家は「ちりとてちん」と
分かれているが、柳家ながら「酢豆腐」。私は何故か「ちりとてちん」にばかり当たっていて、
少なくともここ10年位「酢豆腐」を聴いた記憶が無い。一方、「ちりとてちん」は昨年の夏も、
春風亭昇太師と柳家喬太郎師で聴いている。でも昇太師の半可通には妙な可愛げがあって、
腐った豆腐なぞ食わせるのは可哀想になってしまった。小太郎さんの若旦那は、絵に描いた
ような嫌味な奴。ただ、空意地を張って、食えないものを食うタイプには見えないなぁ。
「銭は無いけど、刺身は食う」なんて桂文楽フレーズは余りウケてなかった。25分。

柳家喬太郎「牡丹灯篭 お札はがし」 広くないのに傾斜が強い客席を見渡し、「見下ろされて
いると、芸人というより被告になったようで…」「相模大野、懐が深い街ですね。どれくらい深いかと
いうと…、小田原行でも江ノ島行でも行ける。唐木田行はダメですが…」「(舞台後の衝立を振り返り)
屏風かと思ったら、違うんですね。診察室のようで…」と、軽く笑わせてすぐに本題へ。

「根津・清水谷に萩原新三郎という…」と演題が判明すると、一部の客が「ホゥ」と感心する。
発端は新三郎のところに医者の山本志丈という医者が現われ、恋仲だったお露が新三郎に
恋焦がれて死んだと告げる場面。新三郎がお露の供養をしていると、ある夜、駒下駄の音が
“カランコロン”と近づいてくる…。幽霊と交わってしまった新三郎を救うために貼ったお札を、
下男の伴蔵が剥がしてしまい、翌朝新三郎の死体と二体の骸骨が発見されるところまで40分。
途中、「(両手をブラリと下げて)これ(幽霊)だよ」「ピグモン?」「せっかく、照明を消してここまで
雰囲気を出したのに…」なんてギャグも交えるが、くすぐりは控えめで、夏らしい怪談噺に。

寒空はだか(スタンダップ・コメディ) 今日相模大野に来るのに、せめて旅行気分を出そうと、
小田急ロマンスカーの先頭席に乗ってきた。ただし、運転席より前に座席があるので、
「玉川学園のトンネルに入る時、“炭鉱のカナリヤ”かと思って不安になった…」。
私は「東京タワーの歌」をじっくり聴きたかったのだが、最後に二番まで歌っただけだった。

柳家喬太郎「母恋くらげ」 ミステリアス・ナイトと名付けられているから牡丹灯篭を演ったが、
「もう、気が楽ですね。夏休みの宿題を7月中に終わらせたようなもので…、(客席から拍手が
起きると、膝立ちになり客席を睨みながら)さっきの牡丹灯篭は何だったの!?」
喬太郎夫人が洗濯しながら「東京タワーの歌」を歌っていて、「忘れたいのに忘れられない!」。
寒空はだかを落語協会に入れたくて、二人とも仲のいい柳亭市馬門下はどうかと思っている。
「“寒柳はだか”などと改名して、前座から“はだか先生”と呼ばれるのが楽しみで…」。
日大商学部時代に小田急を使っていて(「この中にも日大がいるはずです!でも、手は上げない。
そういう大学です」というお馴染みの日大ギャグも挿む)、落研7人で並んで座って、乗客に
お題を貰って大喜利をしたりした。「梅が丘で国士舘の学生が乗ってくるとすぐ止めますが」。
そして池袋ネタへ。いけふくろう。西武デパートと東武デパート、目立たない三越。
トースト食べ放題の「純喫茶蔵王」と、喫茶店なのにたぬきうどんがある「サルビア」。
「アイスコーヒーを頼むと、キリンビールのジョッキで出てくるので、誰もストローで飲まない」。
熱帯魚屋には「鯉こくできます」というポスターがあった…。

と言ってから「おはようございます。タコです」と本題へ。「牡丹灯篭をトリにすれば良かった」
というクスグリに、「その通り!」なんて答える田舎っぺえのオッサンには困ったものだ。
とは言え、2席演ってトリがこの噺だと、ちと寂しいのも確か。私はにぎわい座以来2回連続。
サゲは「みかんのおかげで一皮むけた」。

帰り道、やはり私の頭の中には「♪タワー、タワー。東京タワーに…」とエンドレスで流れ続けた。
ちなみに、行きの小田急線の中では、「できるかな?」のテーマ曲が頭から離れなかった。
「♪でっきるぅかな、でっきるぅかな?…」って奴ね。あんまり利口者じゃねえな、私…。
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大銀座落語祭で演じたという「熱海殺人事件」の“くわえ煙草伝兵衛”、見たかったなぁ!
(追記)その後池袋の「サルビア」に行きましたが、今でも「一番絞り」と書かれたジョッキでした。
ネタの現場を見たようでちょっと嬉しい。ただ小ジョッキなので、違和感無くストローを使いましたが。
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by funatoku | 2005-07-23 16:49 | 落語 | Trackback | Comments(0)

大銀座落語祭2005・特別企画F(7/18 銀座ガスホール)

第一部 立川志らく&林家たい平二人会

立川志らく、林家たい平両師匠が並んで登場。私はお二人の会話は初めてだなあ。
たい平「このガスホール、せっかく中央通に面しているのに、入り口は裏に回されて」
志らく「快楽亭ブラック師匠、競馬のジャパンカップに着物で現われて馬主と間違えられた」
たい平「“誰か金を貸す奴はいないか”って、談志師匠が自分で貸す、というのは無いんですか」
志らく「無いですね。郵便貯金を1億円持ってて、何か気に食わないことがあると、
“引き上げるぞ!”と言うので、郵便局長が飛んできます。小泉改革より恐れられてますよ」

林家たい平「青菜」 山藤亭で談志師匠と控え室が二人部屋になり息が詰まるので、隣のビック
カメラに行ったら夕立に降られて雨宿りした。隣でやはり雨宿りしていたアヴェックの男が
雨を見ながら女に「飛ぶ鳥落とす勢いだな」。「危うく殴ってやろうかと…」。

ガラスのコップを見た植木屋「玖保キリコ?」「微妙な発言したね。江戸キリコだよ」。
「(酒を)やっちまうと止められませんよ。止めるなら今ですよ。止そう、また夢になるといけねえ…
(註・「芝浜」のサゲ)。やっちまうとおしゃべりになりますよ」「十分おしゃべりだよ」。
この植木屋が実に美味そうに飲み食いするので、後ろの席の若い女性客が嘆息する。
鯉の洗いが白いので「シャボンで洗ったんですか?」「氷の上に乗って…、アザラシみたい」
肩の上で手を叩いて人を呼び、「こんなところで手を叩くのは西郷輝彦ぐらいだよ」。

家に帰って女房に興奮してお屋敷のことを喋る植木屋。この女房がふてぶてしくて面白い。
「鯉の洗いって食ったことがあるか?」「…無いねえ」「お前、何故目を逸らすんだ。
さては、俺に隠れてランチで食ったことがあるな」
やって来た友達相手にお屋敷でのやり取りを再現しようとする場面、畳み掛けるような
テンポで笑わせる。「この鰯は脂が乗ってて美味いね」「この鯉というものは淡白なだけで…」
「てめえ、俺のグルメレポートを聞いてねえな」、サゲは通常通り「弁慶にしておきな」。

立川志らく「火焔太鼓」 立川流を脱会した快楽亭ブラック師。志ん生の改名記録を超したが、
「志ん生師匠は借金から逃れるために改名したけど、こちらは名跡継いでから借金を作った」。
「離婚して子供とも別れ…、まあ私も同じですが(笑)。でも、私はマンションに住んでるが、
ブラック師は弟子の部屋に転がり込んだ。内弟子ってのはあるけど、“内師匠”は珍しい」。
六代目柳家小さんを継ぐことになった柳家三語楼師。「落語界では誰一人として知らぬ者の
いない有名人です。でも世間は誰も知らない」「2、3年以内に仲の良い(孫の)柳家花緑が
柳家小さんを継ぐと思っていて、“おい、小さん”と呼ぶのを楽しみにしていたのに」
「花緑本人も“寝耳に水”と言っていた」。
「三遊亭円歌師匠が“こんな小さんがいても…”なんて言ってて、何故もっと盛り上げないのか」。
アルカイダは貿易センタービルや2階建てバスなど、その国を代表しているものを狙う。
アルカイダは今頃、日本で何を狙うか相談しているはず。「富士山と芸者が危ない」。
尼崎事故で先頭車両が危ないと聞いたバカな女子学生、「先頭車両を無くして欲しい」。

古今亭の“お家芸”と言われたが、今や志らく師の十八番でもある。ただし、志ん生版が貧乏噺
だったのに対して、志らく師は全編ギャグの連続で笑わせる。先日NHKの「笑いが一番」という
番組で、わずか6分ほどで「火焔太鼓」を演じきったのを見てひっくり返った。
多くの咄家がこの噺で志ん生を凌駕出来ないのは、「志ん生自身の貧乏体験から生み出された
くすぐりのオンパレードであるのに、それを追う咄家は貧乏の経験もなしに志ん生と同じ角度から
くすぐりを言おうとした」(『全身落語家読本』)からという考えから、爆笑篇にしたとのこと。
志らくギャグの一端は同書の中にも紹介されている。道具屋の売りものの中にあるのは、
「信長に殺されかかったホトトギスに、野口英世の手袋」「…野口英世は未来の人だよ」。
小僧が汚い太鼓を寄席太鼓風に叩いて、「立川流は寄席太鼓を叩けるが、円楽党は叩けない」。
身振りで10を表わそうと両手を広げてみせたら、「日本アカデミー賞授賞式の宝田明か」。
サゲも「買えん太鼓」という志らくオリジナル。自家薬籠中の十八番にとにかく笑わされました。

第二部 東西夢の若手会

桂吉弥「七段目」 大河ドラマ「新撰組!」の山崎烝役の人。芝居の大向う、松島屋なら
「…しまやっ!」「だしの素かいな」などと振ってから芝居の噺へ。七段目の場面、鳴り物入りで
熱演するが、これはあくまでも登場人物が、“芝居場面を演じている”はずなんですよねぇ…。

桂梅團治「宇治の柴舟」 見台を設置。ダミ声にゴツい顔、いかにも大阪の噺家さんらしい。
師匠・春團治夫妻はA型で自分はB型、内弟子時代はとにかく怒られた。師匠が出かけた隙に
テレビを見ていて、帰ってきた気配で慌ててテレビを消して稽古しているフリをしたが、師匠は
帰ってくるなりテレビの裏側を触って、「温いなぁ」。などと、春團治ネタがマクラなのだが、
東京では桂春團治の名前だけは有名でも、ご当人はそれほど知られていないのではないかなぁ。

発端は「崇徳院」「千両みかん」のように恋煩いの若旦那。しかし、恋の相手は絵の中の女。
養生に連れて行った宇治で、その女に川に突き落とされそうになる夢を見て、心改めて家業に
専念。すっかり大黒柱になり、「宇治は茶所だけに、柱が立ちました」というサゲ。

柳家喜多八「三味線栗毛」 いかにもダルそうに出てくるのは、この人のパターンらしい。

ストーリーは1月に聴いた柳家喬太郎「錦木検校」に近い。「三味線栗毛」というタイトルの
由来である「では、(三味線という馬に)家来が乗ったら?」「バチがあたるぞ」というサゲを、
最初にやってしまうという点では構成は同じなのだ。近いも何も元々同じ噺ではあるが、
錦木(錦を着ると言っていたから、“錦着”ということになるか…)は、大名・酒井雅楽頭を継いだ
角三郎に会えないまま死んでしまい、その後良く似た金魚屋が通りかかり「金魚ぅ(検校)ー」
というサゲは喬太郎版とは異なる。どうやらストーリーにいくつかバリエーションがあるようだが、
これはサゲに無理がありますな。そっくりさんだって、ちょっと唐突過ぎ。

立川談春「包丁」 えらく険しい顔で現われたかと思うと、座るなり投げやりな口調で、「4番。
立川談春。包丁」と言っただけですぐに、本題に入る。若き日の談志師が独演会でやると
予告したものの、あんまり難しいので諦めて、三遊亭円生師匠に代演してもらったという逸話が
在る程「とにかく難しい噺」(立川志らく『全身落語家読本』)であり、「小唄をうたいながら人妻を
口説かなくてはならない」(同書)。演り手が少ないのも無理はなさそう。

談春師の「包丁」は十八番として落語ファンの評判が高いが、ようやく聴くことが出来た。
久次と寅の下種な小悪党ぶりや、久次に騙されて寅に口説かれる女房の心境の変化など、
見事に描き出している。噺全体に緊張感が漂い、ストーリー自体の後味はむしろ良くないのだが、
ところどころに挿む笑いのタイミングと程合いが絶妙であり、「笑いとは緊張と緩和」と言ったのは
故・桂枝雀だったか、そんな言葉を思い出した。高い完成度を誇る“現代の名演”である。
それにしても、あの登場は何だったのかなあ。ネットでは「洒落でしょ」という意見も見たが、
そうとも言い切れない只ならぬ殺気があった。その緊迫感が高座の気合いにつながったようだ。

桂雀々「夢八」 その桂枝雀の弟子で、女子大の講師もしているとのこと。
寝惚けてばかりの八五郎が、騙されて一晩首吊り死体の番をさせられる東京では珍しい噺。
大阪の噺家は声の大きい人が多いが、この人の声は不必要なまでにけたたましく、
しかも扇子で床を叩く場面も、力まかせに延々と叩きまくるから、緊張も弛緩もへったくれも無い。
先師の“熱演”を誤解したのか、妙に赤ら顔だったがまさか酒を飲んでいたのではあるまいね。

この人に限らないが、上方落語は概してくすぐりから口調まで、“脂っこくて胃にもたれる”なぁ。
今回の落語祭は上方落語との競演だったが、和食と中華を同じ皿に盛られた様な按配であり、
体調万全の時でないとちょっと辛いというのが私の感想。来年は御一考願いたいものだ。
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by funatoku | 2005-07-20 21:58 | 落語 | Trackback(1) | Comments(6)

クルマを買い換えるの記

クルマを買い換えた。と言っても私のクルマではない。私は自分のクルマを持ったことは無いのだ。
日常おいてはクルマの必要性を感じることは少なく、遠出などでクルマが必要な場合には、
母親にクルマを借りに行く(父親は免許を持っていない)。まあ、私に買う金が無いというのが
最大の理由だけど。つまり、今回買い換えたのはその母親のクルマである。

私は幼稚園の頃はクルマが好きで、団地に路上駐車しているクルマの車種を当てて歩いたりした。
もっとも当時は車種が少なくて、クラウン、コロナ、セドリック、ブルーバード、ベレット、日野コンテッサ、
スバル360、ファミリアなど、せいぜい10数種なので、幼稚園児にもさほど難なく覚えられたのだ。
他にもあったのかも知れないが、当時の東京郊外で見かけるのはそんなものだったはずだ。
しかし、小学校に上がる頃から車種が増え始め、またモデルチェンジも頻繁になってきて、
覚えきれないようになると、私はクルマに対する興味をほとんど失ってしまった。
そして現在に至るのである。いや、実際には免許取りたての頃は、運転そのものが面白くて、
用も無いのに近場を乗り回したりもしたものだが、車種への関心はもう甦ることはなかったのだ。
この頃、ドライブでデートなんていうのに拘ったりもしたが、これはドライブへの興味というより、
“デート”の方に力点があったことは言うまでもない。

母親は50代になって、通勤の必要上免許を取って以来、主として日産車を愛用してきたが、
前のクルマはホンダのアコード1800ccで、2000年春以来ちょうど5年間使ったことになる。
私はこの5年間は余り遠出をする機会が無く、新潟に行ったのが最長のはずで、母も近所に
買い物に行く程度なので、走行距離は少なかった。アコードには別に不満は無かったので、
そのまま買い換えても良かったのだが、調べてみて驚いた。アコードの1800ccはもう無いのだ。
アコードは2400ccが主体になっており、2000ccもあるにはあるが、車体は3ナンバーサイズだ。
1800ccのセダンというのは、年々大きなクルマを運転するのが負担になってきている老人と、
遠出に使いたい私の、微妙なバランスの上に立った接点なのだ。勝手に大型化されても困る。
というか、中堅グレードの車種にそんなに大型化の必要があったのかねぇ。ちょっと不思議。
ホンダのセールスマンは、そんなに車幅は変わらないなどといい加減なことを言ったようだが、
HPで調べてみると7センチも広がっており、母も今以上に大きなクルマは嫌だという。
というわけで、アコードを諦めて各メーカーのHPを調べることにした。5年前にはクルマ雑誌で
比較したものだが、今はHPが充実しているので、格段に調べやすくなっている。

そしてトヨタの「アリオン」というクルマにたどり着いた。かつての「カリーナ」の後継車種らしい。
1800cc主体のクルマなので、サイズも大き過ぎないし、走力もまずまずのようだ。
ただし、私が着けたかったカーナビは、母に「そんな機械は使えそうにない」として却下された。
この人は、かつて研究室で遥かに複雑な実験装置を扱っていたはずなのだが…。
ともあれ先頃届いたアリオンを2、3回近所で運転してみたが、乗り心地はなかなか良い。
しばらく、クルマで遠出をする機会が無かったが、またどこかへ旅してみたいものである。
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by funatoku | 2005-07-18 12:02 | Trackback | Comments(0)

プロ野球の“幕見席”

 プロ野球で、試合途中から観戦するファンを対象に、入場料金を割引する球団が増えている。日本ハムが昨季、午後7時半以降の入場者を対象に割引券「730(ななさんまる)」を販売したところ好評で、他球団も観客増を狙いに、同種の入場券の販売を始めた。
 楽天は5月10日から、フルキャスト宮城の主催試合で午後7時半以降の入場券を子供料金に下げる「おばんですチケット」の販売を開始し、当日は423枚が売れた。同19日のヤクルト戦では1538枚が売れ、球団側は販売窓口を増やして対応した。最後の観客が球場に入ったのは午後8時過ぎ。今は午後7時半前になると、入場券売り場に列ができる。
 島田亨球団社長は「日本ハムのまね」と率直に認め、「幅広いニーズに応える狙いもあるが、参入初年度のため、まずは球場を満員にしたかった」と明かす。
 西武も本拠地のナイターで「740(ななよんまる)チケット」を導入した。西武鉄道の主要駅・西武池袋駅から西武球場前駅までの所要時間は約40分。午後7時に池袋駅を出発した人でも観戦できるように、割引開始の時間を同7時40分に設定した。1試合平均で数百枚売れており、球団営業部は「導入して良かった」という。
 また、横浜は昨年まで販売していた八回表から格安で見られる入場券を「8時だヨ!チケット」に衣替え。横浜スタジアムでのデーゲーム、ナイターともに開始2時間後から入場料金を割り引いている。百瀬修営業部長は「きめ細かな価格設定でお客さんの『お得感』を掘り起こすのが重要と考えた」と話す。
 ヤクルトは神宮球場のナイターで六回以降に格安販売していた「立見席券」を、今季から七回表から観戦できる「スリーイニングチケット」にリニューアルした。球団営業部によると「石井、五十嵐といったリーグを代表する抑え投手を見てもらおうと、本人たちとも相談して始めた」という。
 一方、火付け役となった“本家”日本ハムのチケット事業部は「まねであれ何であれ、各球団の努力でプロ野球ファンが増えれば何より」と、他球団の動きを歓迎している。
2005年7月14日(木) 10時38分 毎日新聞

プロ野球の試合時間は、現代の大多数の人の感覚では、いささか長過ぎるのではないしょうか。
私は以前から、プロ野球にも歌舞伎でいうところの“幕見席”のような制度が導入されないかな、
と考えていたので、歓迎すべき傾向です。各球団の価格設定を比較してみましょう。

<日本ハムファイターズ>19:30~
1階内野自由席 2000円→1000円
外野席 1500円→1000円

<東北楽天ゴールデンイーグルス>19:30~
バックネット裏席 5500円→3000円
フィールドシート 6500円→3500円
内野指定席 3500円→2500円
内野自由席 2500円→1500円
外野指定席 2000円→1200円
外野自由席 1500円→900円
芝生席 1000円→700円

<西武ライオンズ>19:40~
内野指定席A 3600円→1800円
内野指定席B 3300円→1800円
内野自由席おとな 2800円→1400円
外野自由席おとな 1600円→800円

<横浜ベイスターズ>試合開始2時間後(デイ・ゲームでも発売)
内野指定席S 5500円→3500円
内野指定席A 4000円→2000円
内野指定席B 3500円→1500円

<ヤクルトスワローズ>7回表から試合終了まで
内野A指定 3900円→1500円
内野B指定 2600円(巨人戦)3100円(巨人戦以外)→1500円
外野自由席 おとな1500円→1000円

比べてみると、ヤクルトの場合、時間が不確定なので使いにくそう。球場の周りで客を待たせては、
何の意味もありません。信濃町や外苑前の駅で、試合速報と共に発売してはどうでしょうか。
西武の場合、池袋駅でも発売したら良いでしょうね。直通電車を走らせれば、なお好ましい。
こうした割引チケットは、“安く売ってやる”という姿勢では、余り成功しない気がします。
最大の目的は、より多くの大人たちに「勤め帰りに野球を見る」習慣を広めるということでしょう。
そのためには、短期的にはある程度の出血も覚悟した上で、取り組みを続けて欲しいと思います。
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by funatoku | 2005-07-14 13:49 | ヤクルト・西武(プロ野球) | Trackback | Comments(0)

“破壊王”橋本真也急死

<訃報>橋本真也さん40歳=「破壊王」のプロレスラー

 人気プロレスラーの橋本真也(はしもと・しんや)さんが11日午前、脳幹出血のため、横浜市内の病院で亡くなった。40歳だった。代理人の弁護士事務所によると、自宅で倒れ、救急搬送されたが、既に心肺停止状態だったという。葬儀の日取りと喪主は未定。
 岐阜県出身。1984年にアントニオ猪木さんが率いていた新日本プロレスに入門。パワーあふれる戦いぶりで一躍、人気レスラーになった。その後も元柔道世界王者の格闘家、小川直也さんとの対戦などが注目を集め、「破壊王」のニックネームでも知られる。
 2000年に独立して新団体を設立したが、昨年末にフリーに。昨年、右肩を手術し、復帰を目指していた。
(毎日新聞) - 7月11日21時26分更新

ネット上での第一報は午後3時頃だったでしょうか。言葉も無いというのが今の心境です。
私が一番プロレスを見ていた90年代前半に、ちょうど選手としてのピークを迎えていたのが、
新日で言えば「闘魂三銃士」の武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也であり、全日で言えば「四天王」
三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太だったのです(小橋だけはピークは後年ですが)。

私はキックという技が余り好きではなく、“巧い”タイプのプロレスラーを好むので、好みを言えば、
この7人の中で橋本が上位にくるわけではありません。しかし、この中で一番、豪放磊落というか
“トンパチ”というか、昔気質のプロレスラーらしかったのが誰かと問われれば、橋本真也であると
答えますし、多くの人も同じなのではないでしょうか。決して試合巧者というタイプではないのに、
幅広いタイプの相手と、ゴツゴツとした“見た者の心に残る”名勝負を残してくれました。
その後の世代の選手が、技術的に優れていながら越えられない壁と言えるでしょう。
90年代後半には他団体との対抗戦や、小川直也戦に代表される総合格闘技色の強い試合の
先陣を任されることが多く、巧い選手にはない、“何が起きるか分からない”部分を買われての
起用だった訳ですが、こうした試合はリスクも消耗度も高いので、生き方の不器用さを感じます。

2000年に新日本プロレスを飛び出してからは、目にする機会が減ってしまいましたが、
経営者としても成果をあげつつある三沢、武藤、蝶野に比べて、後ろ盾も無いインディーズ団体の
長となった橋本には、金銭面以外でも色々と苦労が多かったのではないかと思います。
このあたりにも“不器用さ”が現われていますね。彼が愛された所以でもある訳ですが。
選手としても、業界のリーダーとしても、これからもう一花咲かせようというところだったので、
急死が残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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攻撃面がクローズアップされることが多かった人ですが、私は橋本の“受け”が一番好きでした。
長州力のラリアットを食らっても、意地でも倒れない、とか。倒れた方がダメージ少なそうですが。
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by funatoku | 2005-07-12 00:21 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(4)

第47回所沢寄席 新進名人四人会(7/8 所沢:ミューズ・マーキーホール)

柳家ごん坊「転失気」 電車の事故で5分遅れで到着。権太楼門下の前座で、寄席通なら
名前を隠しても誰の弟子かわかるのではないか。サゲは「(お)奈良平(屁)安の昔から」。

柳家権太楼「家見舞」 マクラはエジプト、ギリシャへ豪華客船飛鳥で船旅をした話。
客として乗ったのではなく、世界一周の船上で落語をしに行った。一番高い部屋は2千万円で、
乗客の平均年齢76歳。「ひと月、日本を空けても平気な人。動く老人ホーム(笑)」
奥さんと、ピアノ・バーに行ったら夜9時なのに誰もいない。老人達は9時には寝ているらしい。
フィリピン・バンドがいてリクエストを訊いてくるので、「“目ン無い千鳥”と言ったら通じない」。
ようやくテレサ・テンならと思いついて、“時の流れに身を任せ”をリクエストした。
客が自分達だけでは落ち着かないので別の階のラウンジに行ったら、そこも他の客はいない。
やがてさっきのバンドが来て、「リクエスト、アリマスカ?」。「客が“少ない”」と文句を言ったら、
(歌ってみせて)「テレサ・テンの“つぐない”を演奏した」。「これがひと月、続くんですから」

兄ぃの新築祝いに水瓶を買おうとしたが、金が足らないので肥瓶を買ったものの、その肥瓶の
水を飲む羽目になってしまう二人組。サイレントのドタバタ映画のような一幕を、権太楼師は
表情たっぷりに演じて、場内に爆笑を巻き起こす。権太楼師らしさ溢れる一席となった。
「(ご飯を炊いた水に気付いてた二人に)むせてやがる。水瓶の水を持って来い」がサゲ。
持っていたのは5銭、買い損なった水瓶は5円、兄ぃから貰う小遣いも5円という設定。

三遊亭小遊三「代り目」 会場に早く着いて近くを歩いていたら、すれ違った人が小遊三師の
存在に気付いたらしい。「あ、あ、あ…、座布団!」。
今日の報知新聞に、こん平師が“多発性硬化症”なる難病だったことが書かれていた。
歌丸師の発病時、便所で急な腹痛の為呻いていたら、夫人はテレビの音量をわざと上げたとか。
「(歌丸師は)テレビだと元気そうに見えますけど、楽屋で寝てるとミイラみたいですよ。
着物着る時なんか、カサカサ音がするから、枯葉が舞ってるのかと思った」

酒に誘われた男、「願掛けで1年間酒断ちするんだ」「だったら2年にして1日おきに飲みなよ」
と酒の噺へ。俥屋には愛想はいいが、自分にはがさつな女房に酔っ払い「お前二重人格だろ」
この酔っ払いが実に面白かった。「朝なんかなければいい。そうすれば朝から晩酌できる」。
「冷やでもいいからもう一杯」。家にあった残り物を何でも「食べちゃった」という女房に
「隣の旦那は?」と訊いたら「食べちゃった」「酔いがさめるじゃねえか」
ただ、おでんダネを「焼き豆腐を略して“焼き”」などと略するくだり、ちょっと丁寧に説明し過ぎて、
私なんぞは笑えなくなってしまった。“地方公演”向き演出だったのかな。

林家正楽(紙切り) 「取り敢えずビール」を二回続けてしまったのは“職業病”か?

三遊亭好楽「肝つぶし」 息子が噺家になりたいと言ってきた時、社会勉強のために1年間
デパート地下で働かせたが、まだ諦めないので「俺は弟子にとらないよ」と言ったら、
「(三遊亭)円楽師匠に入門して、父さんを“兄さん”と呼んでみたい」。
外科の医者は威張っていて、小児科の医者は子供に合わせて幼児ことばで喋ったりする。
「産婦人科の医者がこの口調だったら、“どうちたんでちゅか?お腹おっきくなっちゃって…”」

兄弟同様に育った男が恋の病で寝込んだ。しかも夢に出てきた女だという。医者が来て、
それは猪の年月に生まれた人間の生き胆を飲ませれば直るという。看病していた男が家に
帰って、たまたま来ていた妹と話していると、何と猪の年月の生まれだという。その夜、
思い余った男は妹を刺し殺そうと包丁を手にするが、妹は目を覚ます。
「お兄ちゃん、何するの!肝をつぶしたじゃない」「肝が潰れちゃ薬にならねえ」
珍しい、というか私は知らなかった噺。貸本系の怪談漫画(好美のぼるとか日野日出志とか)
のような不気味な筋と、呑気なサゲの対照が何とも不思議な後味だ。
怪談噺風にリアリズムで演じることも出来そうだが、好楽師は暗くならないようにまとめた。

「笑点」メンバーを中心にした“地方公演”、しかも観客の年齢も高いのでちょっと心配したが、
各演者ともに予想以上の熱演が続き、終演は9時半を回った(開演7時)。
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by funatoku | 2005-07-09 19:47 | 落語 | Trackback | Comments(0)

正徳寺温泉「初花」(山梨県山梨市)

山梨市郊外、畑の中に住宅が点在する場所にある日帰り温泉。元々はウナギ養殖業者兼
料理屋だったが、近くに温泉も多いので掘ってみたら湧き出たので、この施設を建てたとのこと。

和風旅館のような外見で、内風呂はそれほど広くないが、露天風呂も同じ位の広さでゆったり。
湯はわずかに琥珀色で、アルカリ泉独特のぬるぬる感があって、湯上りには肌はつるつる。
かけ流しという露天風呂は36度なので、この季節でも長時間浸かっていられる。但し眺望は無い。
昨日はまるで秋のような雲を眺めつつ友人と雑談していたら、時が経つのを忘れそうになった。
浴室や更衣室の設計にゆとりがなく、一休みする椅子が無いのは減点材料かな。

今回は行かなかったが、元々料理屋だけに併設の食堂もなかなか評判が良いらしい。
入浴料は600円(3時間まで)。鍵つきロッカーは無料。シャンプー、石鹸は常備。
私も初めて行ったが、まだ余り知られていない穴場であり、「夏向き」の温泉としてお薦めできそう。

中央高速・勝沼IC、一宮御坂ICからそれぞれ20分ほどだが、国道140号からは細い道で、
しかも案内図など出ていないので分かりにくい。穴場の穴場たる所以か。この地図をご参照のこと。
入り口は1092番地側の道路にあるのでご注意。中央本線山梨市駅からタクシーで5分程か。
【正徳寺温泉・初花】山梨県山梨市正徳寺1093-1 電話0553-22-2502
木曜定休、営業時間は10:00~21:30
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by funatoku | 2005-07-03 15:22 | 旅日記・温泉・鉄道 | Trackback | Comments(0)

立川志らく「第7回志らく百席」(7/1 横浜にぎわい座)

立川志ら乃「真田小僧」 ギャラを振込むので銀行口座を作れと言われて、銀行に行ったら
身分を証明するものを見せろと言われたが、保険証も運転免許も持ってない。パスポートでも
良いというのだが、見つからないので作り直そうと思い、住民票を取りに役場に行ったら、
身分を証明するものが必要だと言われた…。「永遠に輪に入れない(笑)」
サゲは、子供に小遣いを巻き上げられた経緯を奥さんに訊かれて、「だったら1銭くれ」

立川志らく「二十四孝」 若貴兄弟喧嘩。あれほど喋らなかった貴乃花が喋り捲っている。
「まるでバスター・キートンから、黒柳徹子になったみたい」しかし、金を貰って喋ってると思うと
腹が立ってくる。今、黙っている若乃花の方が商売上手かも。と、親不孝者の噺へ。

母親を蹴飛ばしたという乱暴者と、それを諌める大家という場面から噺は始まる。
「そんな了見なら、出て行ってくれ。店立て(たなだて)だ」「函館?」
大家が唐土の二十四孝を例に親孝行を説くのだが、このあたりは「天災」の名丸先生にも
通じる説得するものの怪しさと、される者の屁理屈のやりとりが面白い。
「それにしても二十四孝の逸話は八五郎が指摘するのだが、変だ」(『志らくの落語二四八席
辞事典』
)。特に郭巨という男が母親に妻の乳を飲ませるために、子供を捨てようとする逸話。
「メチャクチャだ。このエピソードをもっともらしく語る落語家がいるが、変ですよ」
母「幸子さん、お腹がすきました」
妻「お母さん。さっき飲んだじゃないですか」
母「お願いしますよ」
妻「はいはい。少しだけですよ」
母「ありがとう。ぐちゅぐちゅぐちゅ」(前掲書より)

確かに「ババアなんかほっておいてもじきに死ぬよ!赤ん坊を殺すなんて人間じゃねぇ」
という八五郎の方が、正論であり常識人に見えてきますねえ。もっともらしい教訓を含んだ
ストーリー自体に、ツッコミを入れる時の志らく師匠は実にイキイキしてるなあ。
母親の代わりに自分が蚊に食われようとしたが寝てしまい、母が扇いで蚊を防いだという
通常のサゲまでいかずに、八五郎が友達にトンチンカンな親孝行を説いて、お気に入りの
「孝行の威徳によって天の感ずるところ」を振り回す場面で終わり。

立川志らく「化物使い」 映画『リング』の貞子はテレビも無い時代に死んだのに、何で
テレビから出てくるんだ、というツッコミは前掲書でも書いていたが、その先があった。
「秋葉原の電気屋だったら、並んでいっぱい出てくるのか?そもそも出てくるのは大型テレビ
とは限らない。小さなテレビや携帯電話から出てきたって、踏んずけちゃえばいい」

噺は職業斡旋所の場面から始まる。人使いの荒い隠居の様子を細かく描写する人もいるけど、
志らく師はそちらにはあんまり興味が無さそうだな…、などと思っていたところ、
急に睡魔に襲われた。余程疲れていたのか、500mlのビールのせいだろうか。
寄席定席に通っていた頃、長丁場で必ず1回は眠気に襲われたので、どうせ眠るなら前座や
見飽きた色物のところで眠ろうなどと考えたが、いざ眠ろうとすると眠れないものなんですな。
そして不覚にも眠りに落ちてしまうのは、何故か大抵上手い人、名調子の人だったりして
後悔するのだ。志らく師匠は随分聴いてきたが、眠ってしまったのは初めてである。
起きた時にはもう、狸が隠居の前に現われていた。

宮田陽・昇(漫才) 初見。眼鏡をかけて甲高い声の陽と、小柄な昇。喋り漫才の中に
挿み込む、体を使った芸が面白い。漫才で背の低さをからかうネタは多いが、両足を伸ばして
一塁送球を受ける昇より手前で、陽が普通に送球を受けてしまうというギャグは秀逸。

立川志らく「佃祭」 戸隠様のエピソードだけ振って、そのまま本題に入る。
今までに聞いたこの噺の女房はエキセントリックな印象だったのだが、
「この噺では、女の嫉妬はこんなにも可愛いものか、と思わせるように描かねばならない(略)
うるさい女房ではなく可愛い女房」(前掲書)と、志らく師は女の嫉妬を可愛く描くのが特徴的。
成程とも思うが、そうすると次郎兵衛が家に帰りたがる理由がちょっと弱くなるかも知れないなあ。
「お名前が判らなかったので、吾妻橋の旦那として神棚に祭って毎日拝んでいるのです」
「すぐ下げてください。拝まれてると思うと落ち着かない」という間がやたらに可笑しい。
あと長屋の月番に当たっているという与太郎のパワフルさに、私は出て来ただけで爆笑だ。
この与太郎がサゲを担うのだが、「最後の与太郎のくだりが無駄」(前掲書)とのこと。
「この落語の優れているのは、色々な要素が含まれているところだ。落語には珍しく大勢の人間が
死ぬ。そして女の嫉妬、お通夜風景の可笑しさ、死んだはずの人がお通夜に帰って来てしまう
ドタバタ、更に情けは人のためならずの人情噺、で最後に与太郎まで出てくる。とても一筋縄
ではいかないのだ」(立川志らく『全身落語家読本』)
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このところ東京での独演会はSOLD OUTが続いていますが、この日は当日券で入場できました。
「落語ブームねぇ。波が去った時、どれだけの落語家が残れるかだ」(志らく師匠のHPの日記より)
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by funatoku | 2005-07-03 01:00 | 落語 | Trackback(1) | Comments(4)