<   2005年 02月 ( 15 )   > この月の画像一覧

ライブドアのニッポン放送株買収について

<ニッポン放送>企業価値低下を主張 ライブドアが批判

 ライブドアの堀江貴文社長は27日、テレビ朝日の番組で「ニッポン放送はこれまでフジサンケイグループにいて、企業価値がそんなに高まっていない。何でグループに残った方が高まるのか」と述べ、ニッポン放送がライブドア傘下では企業価値が下がると主張していることを批判した。
 堀江社長は、ニッポン放送の時価総額の大半を占めるのは保有するフジテレビ株で、事業部分の価値は小さいと指摘。「そこを上げるのが経営者だ」と述べた。
 ニッポン放送は、フジテレビに新株予約権を割り当てる理由として「企業価値の維持」を挙げている。【位川一郎】(毎日新聞) - 2月27日18時43分更新

私が株について学校教育で習ったのは、中学「公民」の時間が最初で最後ではないかと思う。
高校の「政治・経済」で習ったのかも知れないが、これは教える教師の側に問題があって、
教わったかどうか定かではない。酔っ払いのクダの如きものを聞かされ、しかもクラスによって話す
内容が異なり、期末試験では話してもいないことを出題することが珍しくもない教師だったのだ。
問題は大学なのだが、白状すると私は経済学科というところを卒業している。
にもかかわらず、少なくとも私が履修した講義では、株については一切触れられなかった。
世の中の人は「経済」というと株を連想するようだが、そんな講義は無いのだ。

従って、私は中学「公民」レベルの株知識しか持ち合わせていないのだが、確か株というものは
「企業が資本を集めるために発行する」「そして企業は株主に配当金を出す」と習ったはずだ。
さすがに現在は株の売買によって利益を得ようとする人々がいる、ということは承知しているが、
それにしても基本は「資本によって経営に参画する」ということであるはずだ。

しかるに、Aという会社が、Bという会社に経営に参画しようとして株を買い始めたところ、
それを嫌ったB社は株を大量に発行して、それを仲の良いCという会社に買い取らせて、
Aの出資比率を下げてしまう…。
B・C側は株というものを自己否定しているのではないだろうか。
そしてこれが許されるとすると、「中学公民」の株の説明は間違っているということではないか。
テレビに出てくるエコノミストの人たちは、AとB・Cの勝ち負けについてしか論じてくれない。
どなたか私のこの疑問を説明して頂けないだろうか…。

(3/4追記:3月3日付のゲンダイ・ネットに以下のような記事が掲載されました。

フジテレビが勝てば株価大暴落
「フジテレビが裁判で勝てば株価大暴落」――こんな懸念が兜町で広がっている。ニッポン放送のフジテレビへの新株予約権の大量発行が「OK」とされれば、日本では企業買収が成り立たなくなる。そのため外国人投資家、とりわけ欧米系投資ファンドは日本市場を見限り、1万2000円に近づいた株価は急落するとみられているのだ。

どうも、日本の株式は欧米とは意味合いが違うみたいね。それなのに教科書は欧米式の
原則論しか書いてないから、私が理解できなかった訳だ。)
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by funatoku | 2005-02-27 22:51 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(0)

中野雪景色

雨の音が聞こえなくなったと思ったら、夜半から何と雪に変わっていました。
さて、“京ぽん”では夜景がどれくらい撮れるのか、ちょっと実験。
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うーむ、人様にお見せする画像じゃないねぇ。買いっぱなしのデジカメをちゃんと接続するか…。
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by funatoku | 2005-02-25 01:31 | Trackback | Comments(0)

2/22は柴田あゆみ21歳の誕生日

失念していた訳ではないのですが、書きそびれていました。そもそもお誕生日記念で
右側に登場して頂いていたつもりなのに、すっかり放ったらかしで、申し訳ない。(誰に?)
パソコンユーザーの柴田さんといえども、よもやこのblogにたどり着くとは考えにくいのですが、
おめでとうございます。あ、私の年齢とは(略)なのか…。

最近、立て続けに「ポップジャム」で「肉体は正直なEROS」を見た知り合いの女性から、
「あれは一体……」という声を聞きました。確かにちょっと説明に困りますね。
あれはメロンにとっても一つの“実験”だったはずですが、たまたまそこだけを見た人は、
メロン記念日は“ああいうことをやっているグループ”と判断してしまう訳ですからね。
と言うか、そもそも露出が少ないグループで、説明が必要なことをやるのは得策ではないでしょう。
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by funatoku | 2005-02-24 01:40 | メロン記念日 | Trackback | Comments(2)

南セントレア市に続いて…

新市名「太平洋市」、見直しへ--山武郡3町と蓮沼村 /千葉

 ◇「どこの地名か分からぬ」 県内外から抗議数百件--正式決定覆し、再協議
 山武郡の成東、山武、松尾の3町と蓮沼村の4町村の法定合併協議会が23日、来年3月27日に誕生する新市名「太平洋市」を見直す方向で再協議することになった。「どこの地名か分からない」などという抗議が県内外から数百件も殺到したためという。県によると、法定協で決定した新自治体の名称変更は、「平成の合併」では県内で初めてという。
 合併で人口約6万人となる4町村は九十九里浜地域のほぼ中央部にあり、このうち成東町と蓮沼村が計約8キロにわたり太平洋岸に面している。
 4首長は新市名を、九十九里町と東金市を含めた6町村の法定協(後に解散)が公募した名称案から検討。「つくも」「上総(または『かずさ』)」「太平洋」「東上総(または『東かずさ』)」の4案がピックアップされた。任意合併協議会で「上総」と「太平洋」に絞り込んだ上、先月31日の決戦投票で「太平洋」に決定。理由として「将来に向かって夢が広がるイメージがある」などが挙がったという。今月14日の法定協で正式決定した。
 しかし決定後、各役場などに電話や電子メールで「改めて公募すべきだ」「笑い物になる」といった反対意見が相次いだ。また、歴史的地名の保存運動をしている全国地名保存連盟(東京都、村尾次郎会長)も、「北海道から沖縄までが太平洋に面しているが、『太平洋市』はわずか8キロだけだ」として、見直しを申し入れていた。【森禎行】2月23日朝刊(毎日新聞)

もう、何をか言わんや。南セントレアといい、捨て身で笑いを取りに来ているとしか思えん。
南セントレアの片割れ・美浜町自体が河和町と野間町の合併した時に、それまで存在しなかった
「美浜」なる地名をこしらえたということだ。何だよ、“前科者”じゃん。
しかし、笑い事ではないのは、日本全土で進む深刻な「地名破壊」である。

<誕生済み>
【青森】つがる市
【埼玉】さいたま市
【東京】西東京市
【山梨】南アルプス市
【石川】かほく市
【福井】あわら市
【三重】いなべ市
【和歌山】みなべ町
【兵庫】南あわじ市
【愛媛】四国中央市
【香川】東かがわ市
【香川】さぬき市

<もうすぐ誕生>
【秋田】にかほ市
【宮城】あぶくま市
【山形】はながさ市
【茨城】かすみがうら市
【茨城】つくばみらい市
【栃木】さくら市
【千葉】太平洋市
【埼玉】ふじみ野市
【山梨】中央市
【長野】中央アルプス市
【静岡】伊豆の国市
【群馬】みどり市
【愛知】北名古屋市
【兵庫】たつの市
【福岡】うきは市
【鹿児島】いちき串木野市
【鹿児島】南さつま市

<成立せず>
【青森】あっぷる市
【青森】おいらせ市
【埼玉】彩野市
【愛知】南セントレア市
【岐阜】ひらなみ市
【佐賀】湯陶里市
http://marblog.net/gappei/

いやー、揃いも揃ったものだ。共通するのは、自分を“大きく見せよう”という卑屈な根性だろうか。
私も自分が育った町を「現・西東京市」と言わねばならないのは忸怩たるものがあるよ。
それに、この「ひらがな指向」には庶民を見下した役人臭が感じられて実に不快。

私が不思議なのは何故ここまで、郡名を疎かにするのかということだ。
合併した市域は、面積としても郡に近いはずだし、合併自体にも“対等感”が出そうなのに。
例えば“太平洋市”のある山武郡は、古代から続く山辺郡と武射郡の合成地名で、
この4町村は武射郡に属している。武射市なんてちょっと武張ってなかなかいい名だと思うが。
旧郡名を復活させた例としては、平成6年に誕生した横浜市都筑(つづき)区がある。
新しい区の名称として、7世紀から昭和14年まで続いていた「都筑」郡の名を復活させたのだ。
建造物だけが歴史遺産なのではなく、地名もまた歴史を背負っているのだ。
田舎の人間が“保守的”だなんて本当だろうか。軽薄な伝統破壊者にしか思えないのだが…。

(2/28追記:27日に“南セントレア市”の美浜、南知多両町で住民投票があり、南知多町では
合併自体に反対多数という結果が出ました。「南セントレア」が嫌で合併反対した人もいたとか)
(3/24追記:太平洋市は“山武市”となるようです。ただし読み方は「さんむ」だそうです)
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by funatoku | 2005-02-23 19:12 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(2)

立川談春・立川志らく二人会(2/19 亀有リリオホール)

立川談春「明烏」 最後の部分、名人・桂文楽で有名な甘納豆のくだりでようやく到着。
「説明しなきゃ甘納豆だとわからないよ」「それじゃ枝豆だよ」

立川志らく「天災」 談春は芸歴は1年半先輩だが、3歳年下。真打昇進は自分の方が先で、
昇進パーティーでは、なぎら健壱が「談春立場無い」(ダンシング・オールナイトの替え歌)
と歌ってくれた、と言ったところで、舞台袖から談春師匠が志らく師匠に手拭を投げつけた。
志らくがある時師匠談志から帯を貰った。一緒にいた談春が羨ましそうにしていたら、
談志曰く「うーん、お前にはネギをやるよ」。「確かにどちらも細長いですけどね」
二人で組んでいた「立川ボーイズ」時代は「F1は何の略?」「フランク永井、命は一つ」などという
ブラックな大喜利をやって深夜テレビに出ていたりしたものの、「ツッコミに徹して下さいよ」
「俺だって面白いこと言いてえじゃねえか」なんて喧嘩もあった。ある時日本テレビの給湯室で
つかみ合いの喧嘩になり、志らくが「解散する」と言ったら、談春「お前は必ず俺の元に戻ってくる」
談春は東京育ちの自分より江戸っ子気質。金魚すくいが上手くて、すぐに大量に捕まえたが、
「1800円です」と言われた途端に「いらねえや」と全部ぶちまけた。改札口で不足分を求められ、
小銭を投げつけた。談春と談志師匠で3人会をやったら師匠の出来が悪くて、終わってからも
「あの“三軒長屋”は」などと首を傾げていた。二人になって「師匠大丈夫ですかね」と言うと、
「死にゃいいんだよ」などと言い放った。談春のお母さんに「ウチの子は頭が悪くて済みません。
脳病院に捨て子しようかと思ったくらい」と挨拶された。「今どき“脳病院”って」。

「天災」は何年か前の「志らくのピン」で、シネマ落語「ゴッドファーザー」の前段として演じていた。
紅羅坊名丸先生が実はゴッドファーザーだったという趣向だった。
八五郎はひたすらボケて、心学の先生も相当に怪しい、という志らく落語のエッセンス。
「私はこの落語、新興宗教の折伏のパターンを描いていると受けとめている。(略)この先生に
諭され、全く理解していないにもかかわらず、スタイルに憧れて、友達を勧誘してしまうあたりが、
ほとんど新興宗教の折伏である」(立川志らく『全身落語家読本』新潮社刊)
ボケとツッコミの間合いは、むしろ深夜放送時代のビートたけしの影響が強そうだ。
「(名丸先生は)いるか?」「ああ。あの、伊勢昌三が曲を書いた…」

立川談春「鈴ヶ森」 談春が志らくとの違いを感じた話。ボーイズの頃、39度の熱があるのに
仕事に行き、帰り道に鍋焼きうどんを食べようとしたら志らくが驚いた。
「つらいけど、食わなきゃ直らないんだよ」「いや、それが出来ないのを病気と言うんです」
見ていた志らくの方が気分が悪くなり、吐いてしまった。

12月に聴いた「白井権八」と全く同じ噺だが、終演後には「鈴ヶ森」と発表されていた。
今日は六郷の渡しのあたりで客の携帯電話がなりやまず、しばらく経ってようやく出て行くと、
「止め方を知らないんですね。いや、いいんですよ。俺も知らないから。でも(談志)師匠の時は、
気をつけてくださいね。帰っちゃいますから」
実は12月の三鷹の談志独演会で何度も鳴らす奴がいて、他の客はハラハラしたのである。
いずれも犯人は老人。たまの外出で娘かなんかの携帯を借りて来ているのか、止め方以前に
着信メロディ自体を把握していないようで、何度も鳴ったりするのだ。気をつけてもらいたい。
気にしてませんから、と言った談春師匠だったが、やはりその後はいささか調子が狂った
感もあったのだ。調子で聞かせる講談調の噺だからねえ。

立川志らく「富久」 暮れの噺だが、雪が降ったので、と前置きして富久。
「談志のそれが圧巻。(略)談志は志ん生の富久の中の貧乏と寒さをデフォルメした。
それによって富久が人情噺を超えた壮大なるドラマに変身した。落ちが現代においては
全く分からないのがこの噺の難点。いい落ちだが変えるべきである」(前掲書)
今回はオチを変えずに、大神宮様が年末にお祓いにくる風習を冒頭で説明していた。
12月に聴いた談志家元の富久に比べて、志らく流のデフォルメが加わってテンポが速かった。

私は遅れて入場したのだが、同じ頃に入った人が何人かいて「時間を間違えた」とか言っていた。
土曜日の7時半過ぎに終演というのは、さすがにちょっと早過ぎるのではないか。
寒いので煮込みが食べたくなり、町屋の「小林」に行ったらなぜかガラガラ。普段は混んでるのに。
梅ハイおかわりしながら、煮込み、ガツ、つけめんと堪能し、すっかり長居してしまった。
午前中は中野で所用、それから千駄ヶ谷、亀有、町屋、そして都下某市と都内縦断の一日。b0058309_12453786.gifb0058309_12462018.gif







左・談春師匠、右・志らく師匠。二人会は今後とも是非継続して欲しいものです。
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by funatoku | 2005-02-20 10:10 | 落語 | Trackback | Comments(0)

メロン記念日05レビュー&コンサート「むらたさ~ん、ごきっ?」(2/17・19昼 日本青年館大ホール)

レビューというのは要するに寸劇ですな。ダンススクールに通う5人(含む安倍なつみ)が
コンテストを受けるという設定。先週行なわれた安倍レビューと殆ど同じ内容だったらしい。
ダンスの課題曲は森高千里「私がオバさんになっても」と、ハロプロ・メドレー(リミックス版)。
後者は2回とも全く違ったが、これを本当にアドリブでやってるとしたら大したものである。
私は村田めぐみのコメディエンヌとしての資質の高さに目を惹かれた(右は19日昼)。
「お母様、松茸以外にも茸があるんですね」「お母様、お弁当に伊勢海老はやめて下さい」
(今日の日替わりランチは)「天ぷらのから揚げ」「おでんのスープ」
(愛・地球博の緑色のキャラクターを手に持って)「松の木」「青汁飲んだお爺さん」
こうして書くとどうってことはないのに、実際に見ると間の良さで笑わされてしまうのである。
アウェイに出して、どのくらい通用するものか、是非一度試して欲しいものだ。

op.メロン記念日のテーマ
1.香水
 この曲をトップにもってくるのは02年12月以来。毎回構成を工夫しているようだ。

MC 柴田「さっき大きなシュークリームを一口で食べました」
    大谷「昨日は5人でスーパーに買い物に行く夢を見たんですけど、なつみん(安倍)が
        お浸しにシラタキを入れると言い出して喧嘩になって…」

2.さあ!恋人になろう ライブでは大変に盛り上がる人気曲。
3.チャンス of LOVE
4.肉体は正直なEROS 「18禁」の振り付け(笑)ばかり注目されてるが、いい曲ですよ。
ひと頃つんくが乱発していた打ち込みR&B(と称されるもの)とは一線を画します。
ただし振り付けが激しい分、コーラスを自前でやってくれなかったのには不満が残る。
5.Magic of LOVE 聴きなれない曲だと思ったら、「太陽とシスコムーン」5thシングル。
昨日、太シスとの関係をここに書いたばかりなのでビックリ。70年代ダンスミュージック風で、
なかなかメロン向きのいい曲だった。ライブの定番に入れてもいいかも知れない。
ここは日替わりだったようだが、19日昼もこの曲で、録画をしていた。
6.シャンパンの恋
7.THE 二枚目 ~ON MY WAY~

MC

8.甘いあなたの味(斉藤瞳) 冒頭のセリフも全部一人で。
9.愛メラメラ 恋ユラユラ(大谷雅恵) この曲は昨年6月16日一回だけ村田がソロで歌っていた。
10.告白記念日(村田めぐみ) 一瞬歌詞がトンでいた。
11.電話待っています(柴田あゆみ) 柴田がかつてセンターに抜擢された曲。成長したなぁ。

12.さあ!早速盛り上げていこか~ ここで衣装チェンジ。柴田も間に合った。当たり前か。
13.赤いフリージア 私はライブでこれだけ聴けば満足というくらい(土曜日は無理か…)
14.ENDLESS YOUTH

アンコール
MC

15.スキップ! 安倍なつみをセンターに据えて5人で

私は8列目というかつてない好位置で見ることが出来たのだが、2階席には殆んど客を
入れていなかったようだ。昨年6月には中野サンプラザを平日3日間満席にしたのだから、
今回は土日の4公演に人気が集まったとは言え、先行きが心配になってくる。
メロンの場合、CDの売上以上にライブの動員力の低下は深刻な問題だと思うので。
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左から民謡歌手・小湊美和、体操オリンピック代表・信田美帆、大阪パフォーマンスドール
・稲葉貴子、そして中国出身のルル。99~2000年秋までハロプロ“お姉さんチーム”でした。
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by funatoku | 2005-02-18 04:53 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

売り上げデータで見るメロン記念日の歴史

――――――――――――――――――――――――――――――
発売日    最高 登場  初動売上  累積売上 ■ シングル [ 2005/02/21 付 ]
――――――――――――――――――――――――――――――
00.02.19 . 60 . . 2 . . . 4030 . . . 8510 甘いあなたの味
00.06.28 . 42 . . 2 . . . 6190 . . . 8670 告白記念日
01.03.07 . 53 . . 2 . . . 4770 . . . 6910 電話待っています
01.10.11 . 28 . . 3 . . . 6840 . . 12740 This is 運命
02.02.14 . 20 . . 2 . . 16380 . . 20700 さぁ!恋人になろう
02.06.19 . 14 . . 2 . . 11770 . . 13920 夏の夜はデインジャー!
02.10.23 . 12 . . 3 . . 17700 . . 23310 香水
03.01.29 . 10 . . 5 . . 25369 . . 37914 赤いフリージア
03.05.08 . 10 . . 4 . . 16654 . . 22185 チャンス of LOVE
03.09.10 . 15 . . 4 . . 10721 . . 14193 MI DA RA 摩天楼
03.12.03 . 14 . . 3 . . 14607 . . 18021 かわいい彼
04.06.09 . 15 . . 3 . . . 9205 . . 12070 涙の太陽
04.10.27 . 25 . . 3 . . . 8048 . . . 9785 シャンパンの恋
05.02.09 . 21 . . 1 . . . 6851 . . . 6851 肉体は正直なEROS
――――――――――――――――――――――――――――――
発売日    最高 登場   初動売上  累積売上 ■ アルバム [ 2005/02/14 付 ]
――――――――――――――――――――――――――――――
03.03.12 . 11 . . 4 . . 20904 . . 27004 1st Anniversary
04.12.01 . 28 . . 2 . . 10182 . . 12254 THE 二枚目


ネットを見ていたら、どこぞで(苦笑)メロン記念日の売上データを発見しました。
ちょうど良い機会なので、売上からメロン記念日の歴史を簡単に振り返ってみたい。
メロン記念日は99年秋、当時深夜枠で放映されていた「アイドルさがせ!」という番組内の
「平家みちよとモーニング娘。の妹」コンテストの合格者4人で結成された。
もともとグループを組んでいたのではなく、事務所の意向で組むことになったのである。

初期三作は80年代歌謡曲の復権を狙ったような雰囲気。特に「電話」は往年の人気
アレンジャー船山基紀を迎えて、何となく大映ドラマのテーマ曲になりそうな曲調で、
柴田あゆみを初めて本格的にセンターに据えた意欲作なのだが、売り上げ結果は厳しい
ものだった。当時はハロプロ全盛期で、モーニング娘。ベストアルバムが200万枚を超え、
「ミニモニ。じゃんけんぴょん」が100万枚に迫っていた頃。メロン記念日はその存廃も
含めて、岐路に立たされていたに相違なく、次回作まで7ヶ月ものブランクが空くことになる。

その次作「This is 運命」は、実質的な作詞・作曲をつんくは大阪時代からの友人である
新堂敦士に任せ、プロモーションビデオもショートバージョンしか作られないなど、
かなりタイトな予算で作られたことが想像された。しかし、これが傑作だったのである。
ベートーヴェンの「運命」をモチーフにしたロックで、狂気を孕んだエッジの利いた歌詞。
殆ど宣伝しなかったにもかかわらず、前作の二倍近くを売り上げるというメロン史上
最大のターニングポイントになったこの「運命の奇跡」に、ファンは驚喜したものである。

次の「さあ、恋人~」はその新堂ロック路線を踏襲し、歌番組などにも進出した影響で、
売り上げを伸ばしたが、ここで、つんくが本格復帰することになる。「夏の夜~」はさして
特徴の無いポップスだったが、続く「香水」はプロコル・ハルムの「青い影」をベースにした
佳曲で、殆どが柴田あゆみのソロ。4人の中ではやや見劣りのした柴田の歌唱力も、
既に向上しており、好評をもって受け入れられた。また、この時期からの単独ライブが
始まり、観客のアイドルライブ離れした盛り上がり方が評判を呼ぶようになる。

そして、次なるターニングポイントが「赤いフリージア」である。発売直前に実施された
モーニング娘。6期オーディションの課題曲として、特番の中で繰り返し流されたせいか、
発売前からメロン記念日ファン以外にも評判が高く、メロン史上最大のヒット曲となったのだ。
曲調は松田聖子風のポップスなのだが、つんくの中でも上位を争う名曲だと私は思う。

ところが、ここで何故かつんくは「大人路線」を打ち出してくるのだ。元々、シャ乱Q時代から
下世話歌謡曲は得意技であり、太陽とシスコムーン(後にT&Cボンバーと改称)解散後に、
空席となっていた「大人グループ」というポジションに、メロン記念日を当て嵌めようとしたようだ。
次の2作は「赤いフリージア」の余勢もあってか、まずまずの売り上げだったが、
長期低落傾向を決定付けた曲として、その弊害は大きかった。ユーロビートの「かわいい彼」で
一旦持ち直したものの、カバー曲「涙の太陽」、作曲にサムシングエルス・今井千尋を迎えた
「シャンパンの恋」、そして、最新作「肉体は~」でも下げ止まらなかったというのが現状である。

前にも書いたが、私はメロンの“大人グループ化”には、ジャズ(R&B)は最適だと考えるし、
新曲はなかなかの良曲だと思っているのだが、ファンに受け入れられたとは言い難い。
そもそもアイドル・ファンは、一番いい時を忘れられず、変化を拒む保守的な傾向がある
ものだ。特にメロンのファンは、ライブでノレる曲を好む人が多数派である。
撤退もまたひとつの勇気。次の一手をどう打つかが注目される次第である。
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by funatoku | 2005-02-17 00:07 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

2枚のチケット

このブログに中野「粗忽庵」日乗というタイトルをつけてみたものの、中野が話題になったのは
3ヶ月以上経つのに、わずか1回だけである。検索エンジンなどから中野の話題を求めて
飛んできた方もいらっしゃるはずで、タイトルに偽りあって申し訳ない次第。
せめて、という訳ではないが、今日は「粗忽」の方の話題をひとつ。

今、私の手元に2枚のチケットがある。
「2/19 メロン記念日公演 日本青年館大ホール 15:30開演」
「2/19 立川談春・立川志らく二人会 亀有リリオホール 17:00開演」

開演時間に注目して頂きたい。明らかに公演時間に重複する部分がある。
メロンは昼、落語は夜という大雑把な認識であったために生じた現象と言えよう。
私の中では未開人のように数字は「一つ、二つ、たくさん…」という数え方なのかも知れない。
そんなんでよく経済学科を卒業出来たものだ…。さて、私はどうすべきなのだろうか?
どちらかを諦めてヤフーオークションにでも回すのが、賢明なのかも知れない。
しかし私は不精者であり、とりわけネット方面にはさらに「無知」が加わるので、自分のチケットを
売りさばくなどという器用な真似が出来よう筈もない。止むを得ず(?)両方行くのである。

生のメロン記念日は年に何度も見られるものではないし、この落語を聞き逃す手も無い。
二人会というのは独演会と違って相方を意識するので、力演になることが多いのだ。
特にこの二人は立川流きっての俊才で、かつて「立川ボーイズ」なるコンビを組んでいた
こともあるのだ。お互いを意識しない筈は無く、今からわくわくする。

しかし、千駄ヶ谷駅から徒歩10分程の日本青年館から、常磐線亀有駅前のリリオホールまで、
1時間弱はかかるだろう。そうでなくとも公演時間が被るのだ。こりゃ、どこでもドアが必要だ。

それにしても、夜の落語を5時から始めるとは、想定外だったなぁ…。
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by funatoku | 2005-02-16 00:14 | Trackback | Comments(0)

楠精一郎『昭和の代議士』(文春新書)

昭和期の政党政治については、多くの本が書かれている。今でも新しい史料が発見されている
分野ということで、各論については日々進化しているのだが、総論は意外に少ないのだ。
本書は護憲三派内閣から佐藤栄作内閣誕生まで、昭和の政党政治の歴史を、議員たちの
動きから追った概説書として貴重。高校の日本史の教科書に必ず掲載されている
「日本の政党の系譜」という図を見ていると、何故こんなに離合集散を繰り返しているのか
不思議に思えてくるのだが、本書を読めばその時の状況がよく分かってくる。

森(恪)と犬養毅の関係が次第に悪化していったのとは対照的に、森の盟友である鳩山
(一郎)と犬養は最後まで懇ろだった。それは、犬養には彼の次男で白樺派の作家の健を、
輸入候補として鳩山と同じ東京第二区から抱えて当選させてもらった恩義があるからだった。
(略)もっとも、健と鳩山との関係はその後なぜかきわめて険悪になってしまい、鳩山は健の
ことを大変嫌った。そのため、戦後鳩山が日本自由党を結成した際には、健はその参加を
見合わせたほどであった。

政党政治を守ろうとする議会主義者の鳩山から一国一党論の久原(房之助)へと、いとも
簡単に交代したものだが、おそらく、事態が沈静化したら久原から鳩山に総裁を交代する
ような黙契があったのだろう。(略)ただ河野(一郎)もこの交代劇について、「私がひそかに
反省するのは、このとき久原房之助を総裁に推挙した結果、日本の政党が終焉したという
事実である」と告白している。議会主義を守ろうという側には、もう一歩の踏ん張りがなかった。

ところが、親軍的な新党活動には一線を画する鳩山も、実は政党政治家としては古傷が
ある。それは、一九三〇年四月二五日、衆議院本会議においてロンドン海軍軍縮条約の
調印に関して、憲法第一一条の統帥権を楯にとって犬養とともに浜口雄幸内閣を攻撃
したことである。(略)いわゆる統帥権干犯問題の始まりである。(略)
政党が国民の負託をうけて内閣を組織する議院内閣制にあって、内閣の国防に関する
責任と役割を否定する軍部などの主張に鳩山ら政党人が乗じたことは、政党政治と
責任内閣制を破壊するものといえるが、鳩山の総合的な評価はひとまず措くとしよう。

斎藤(隆夫)除名に反対した議員は、政友会正統派の牧野良三、芦田均、名川侃市、
宮脇長吉、丸山弁三郎、民政党を脱党し無所属の岡崎久次郎、第一議員倶楽部の
北浦圭太郎であった。政友会正統派のなかで棄権にまわり、戦後も国会議員になった
ものをあげると、鳩山一郎、植原悦二郎、砂田重政、安藤正純、河野一郎、大野伴睦、
林譲治などがいる。そのいっぽうで、正統派でも、星島二郎や松野鶴平は賛成に
なっている。(略)なお、戦後に総理大臣になった三木武夫は、このとき、親軍派と
みられた時局同志会に属し、斎藤除名の賛成票を投じている。

この日の予算委員会で平沼(騏一郎)内相は、大政翼賛会は「政治結社」ではなく
「公事結社」であると、政治活動の禁止を明言した。(略)大政翼賛会は政治活動が
禁じられたのだから、もはや政党ではない。平沼内相は「清掃組合のようなもの」、
いわば、し尿処理の組合のようなものと答えて失笑を買ったが、本質はたいして
かわらない。ナチスばりの一国一党を目指す側からすれば、大変な後退である。

翼賛会補助費の予算減額修正案に賛成した五四名のなかから三五名が、一一月
一〇日に同交会を結成。(略)内訳は旧政友会系が二一名、旧民政党系が一一名、
社会大衆党が三名、そのほか二名、と各派に及んでいるが、議会政治擁護の立場では
一致していた。また、このなかには、戦後に総理大臣になったものが三名、そのほかに
「憲政の神様」尾崎(行雄)や、北一輝の弟北怜吉、政友会幹事長を務めた若宮貞夫
(橋本龍太郎元首相の祖父)、日本の労働運動の草分けである友愛会の鈴木文治
など、個性的な人物が揃っている。

反東条工作にかかわった中谷(武世)や赤城(宗徳)など二五名は、三月一一日、
衆議院院内会派ながら「岸新党」と呼ばれた「護国同志会」を結成した。この会の性格
いついて中谷は「強いていえば、大東亜戦争完遂がその政策であり、且つ政策の
すべてであった」と述べているように、徹底抗戦派であった。そのメンバーのなかには、
船田中、井野碩哉、永山忠則ら戦後に議席を回復して国務大臣を務めた人々や、
三月事件や十月事件に関与した橋本欣五郎、戦後には社会党代議士となる杉山元治郎、
三宅正一、川俣清音、前川正一などもおり、岸信介を事実上の指導者とした。

伊藤隆氏によれば、(日本協同党)結成当初の参加議員のなかには、船田のほかに
赤城、中谷ら少なくとも八名の旧護国同志会所属議員がいたという。わが国の保守政党
の最左派の源流が、実は戦時中の徹底抗戦派であったという事実は興味深い。

幹事長となった広川(弘禅)は、朝起きるとすぐ吉田(茂)の目黒の肯定に自転車で
とんでいって、吉田が起きてくるのを待った。そして、党務に関心の薄い吉田と、他の
政治家を仲介することで影響力を強めた。大臣や政務次官、委員長の人事は一時期
吉田に代わって広川が一人で仕切っていたという。


有名な斎藤隆夫の反軍演説については「勇気や反骨ぶりは賞賛に値する」としながらも、
「この演説内容が戦時下において海外へ不利な形で報じられたことにも留意しなければ
ならない」と、短絡的な評価を避けている点も信頼出来る。
ついでに、斎藤除名に反対した宮脇長吉議員は、1/25にも書いた作家・宮脇俊三氏の父。
それにしても、あの大政翼賛会が「清掃組合と同じ」とはねぇ。
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by funatoku | 2005-02-12 00:35 | 文庫・新書 | Trackback | Comments(4)

光るギター(EZ-EG)購入記

6日の日記に、林家たい平師匠のイージー・トランペットを見たことを書きました。
実は私、昔トランペットを吹いた経験があるのみならず、人前で一曲披露したこともあるのです。
高校の体育祭で、曲は「コンバット・マーチ」だったんですけど…。
高校の吹奏楽のクラブではクラリネットを吹いていて、金管楽器は全くの門外漢だったのですが、
ちょうど応援にコンバット・マーチが流行りだした時期なので、私まで駆り出されたのでしょう。

ここにリンクを貼ったついでにヤマハのHPを見ていたら、EZ-EGなるものを発見しました。
イージー・エレクトリック・ギター、つまりイージー・トランペットのギター版という訳です。
「う~む、欲しい」
フォーク・ブームは少し上の世代でしたし、ロック・ギターにはそれ程魅力を感じませんが、
私はジャズ・ギターが大好きなのです。きっかけはリー・リトナーでした。
70年代後半、渡辺貞夫がデイブ・グルーシンらフュージョン系のミュージシャンと組んで、
「マイ・ディア・ライフ」「カリフォルニア・シャワー」などのヒットを飛ばしていた頃、資生堂「ブラバス」
のテレビCMで「セブンス・ハイ」(アルバム「カリフォルニア・シャワー」所収)が流れたのですが、
この曲のギターがリー・リトナーでした。ロック・ギターのように前に出るわけではないのに、
高度なテクニックで的確にリズムを刻んで曲をリードしていく凄みに、すっかり痺れてしまいました。

実際にエレキ・ギターを手に入れて、弾いてみたこともあります。ピックは憧れの「リー・リトナー」
モデル。しかし、私のギター習得計画はあっさり挫折してしまいました。そう、手が小さいのです。
私の小さく不器用な左手では、コードを押さえることもままなりませんでした。
そして幾星霜、最近では楽器に触れる機会も殆ど無くなっていたのですが、このEZ-EGの
カタログを見ていたら、たい平師匠のトランペットのように、「今しか無いのではないか」と
思い込み始め、ついに今日新宿のヨドバシカメラで買ってきてしまったという訳です。
さて、私のギターへのリベンジは成功するのでしょうか?続報をお楽しみに。
これを弾くことが果たして、ギターへのリベンジになるのかどうかはともかくとして。
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by funatoku | 2005-02-09 21:14 | Trackback | Comments(0)