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秋山温泉(山梨県南都留郡秋山村 ※2/13より山梨県上野原市)

日曜午後、自宅で雑誌など読みながら、長風呂していたら、友人から電話があった。
温泉へのお誘いである。重なる時は重なるもんだと思いつつ、迷うことなく行くことにした。
ここにコメントして頂いたこともある“一の字”氏も含めて、三人での温泉行である。

秋山温泉は中央道・上野原ICから車で一山越えて15分程度。山間の村営日帰り湯である。
ここの来るのは昨年3月以来になるのだが、実はかつてはよく来ていたのである。
金曜夜の仕事帰りに日帰り温泉に行きたい時など、中央高速ではここが一番便利なのだ。
夜9時まで営業しているというのは、このエリアでは案外少ないので、車で来るとなると、
結局ここに来てしまうことが多かった。大体空いていて、ゆったり入れたし。

なのに、何故しばらく来ていなかったのか?値上げが原因である。
以前、ここの入場料1200円で、夜6時以降は700円で、私たちは専ら6時以降にのみ
利用していたのだが、昨春突然この“700円枠”が廃止されてしまったのである。
それだけではなく、無料だったタオルの貸し出しが有料となり、ご丁寧にシャンプーまで
撤去されてしまったらしい。民間では考えられない値上げで、さすがお役人というか…。
これは温泉好きの間で大層不評だったばかりではなく、客足も相当落ちたようだ。

さすがに慌てたのか、冬期特別価格とやらで夜の入場料を600円にした(HPに掲載無し)、
と聞いて、今回久しぶりに行ってみることにしたのである。現金な奴だね、私も。
ここは高温、低音、泡風呂、スチームサウナに、露天風呂は屋外の岩風呂風。
私は使ったことが無いが、温水プールもあり専門の指導員もついていて、設備は充実している。
今回来てみたら、タオルは有料だったが、さすがにシャンプーは復活していた。
ただ、以前より塩素の匂いがきつくなっているのが気になった。
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by funatoku | 2005-01-31 01:18 | 旅日記・温泉・鉄道 | Trackback | Comments(0)

HELLO!Project2005Winter飯田圭織卒業SP(1/29昼 横浜アリーナ)

一昨年の1月に横浜アリーナでハロコンを見たのだが、入れ替わり立ち代わりで色々な
グループが出てきては、持ち歌を一曲か二曲歌うだけだったので、欲求不満が残った。
寄席でいえば正月初席のようなもので、人数はたくさん出てくるのだけれど、
誰も“本気の芸”をやらないので物足らないのである(初心者にはわかりやすいけど)。

この正月からのツアーではスタイルを一新し、グループをシャッフルして歌っていると
聞いたので、二年ぶりに腰を上げることにした。ご贔屓の飯田さんの卒業も近いことだし。
場内は、ステージ左右端からセンター席の真ん中辺まで花道が伸び、それを左右に結ぶ
花道が“サブ・ステージ”的な役割を果たしているという構造。
ちなみに私の席は、アリーナA10列(ファミリー席)のステージから一番遠い側。

01 でっかい宇宙に愛がある(全員) のんびり風呂に入ってたら遅刻して聴けなかった。
02 ザ☆ピ~ス(全員) 同上。セリフは誰だったのかな。
03 Yeah!めっちゃホリディ(全員) 中澤裕子の“スラッシュ”ポーズ、中々味わい深い。

MC 今回のMCはまこと一人。全員紹介。

04 THE マンパワー!!!(モーニング娘。・キッズ・エッグ) 楽天イーグルスの応援歌
ということなのだが、どうかなあ。面白いけど、結構トンガった曲で、そういうタイプじゃない。
05 ロボキッス(W) これは私の席に近いサブステージで歌った。
06 カッチョイイゼ!JAPAN(美勇伝) 新曲。ソーラン節をベースにした感じ。
07 晴れ 雨 のち スキ(大谷雅恵・後藤真希・藤本美貴・保田圭・斉藤瞳・中澤裕子・
飯田圭織・前田有紀)
 モー娘。さくら組が歌っていたスローバラード。
08 恋をしちゃいました!(夏焼雅・辻希美・小川麻琴・柴田あゆみ・村田めぐみ・
須藤茉麻・熊井友理奈)
 2期タンポポの名曲。3期タンポポの柴田も初めて歌うのでは。
09 ミニモニ。ジャンケンぴょん!(田中れいな・嗣永桃子・矢島舞美・清水佐紀・石村舞波・
新垣里沙・中島早貴)
 以上サブステージ。メインステージでは8人がダンス。
10 愛の園~Touch My Heart!~(アヤカ・後藤真希・岡田唯・吉澤ひとみ)
このメンバーで新プッチモニ。を結成して欲しいかも。

MC まこと・小川・斉藤「65人全員でThis is運命を歌いたい」

11 赤い日記帳(高橋愛・辻希美・道重さゆみ・里田まい・稲葉貴子・保田圭・鈴木愛理・
熊井友理奈)
 オリジナルを歌ったのは、中澤、後藤、ダニエル、信田美帆だった。
12 桃色片想い(夏焼雅・紺野あさ美) 後半、サブの石川梨華と稲葉貴子に。
13 恋のテレフォン GOAL(亀井絵里・加護亜依) なかなかいいコンビだと思う。
14 原色GAL 派手に行くべ!(後藤真希・松浦亜弥) 後藤がすぐ近くまで来た。
15 渡良瀬橋(松浦亜弥・後藤真希) 森高千里のバラードをカヴァー。やっぱりこの
二人の存在感は際立ってるなぁ。ただし、後藤の凄さと松浦の凄さは、その方向が違う。
後藤は花道を近づいてくる時、遠くからでも分かるのだが、松浦は意外に分からない。
後藤は集団内で光るタイプ、松浦は集団内では溶け込んでしまうタイプ。

MC まこと・後藤「プルーンが好きなんですけど」松浦「あんまりアイドルっぽくない」

16 モーニングコーヒー(アヤカ・みうな・保田圭・飯田圭織・中澤裕子・斉藤瞳・梅田
えりか・稲葉貴子・あさみ)
 オリジナルを歌った飯田、中澤の声が聞こえると嬉しくなる。
17 FIRST KISS(辻希美・前田有紀・松浦亜弥) 
18 ちょこっとLOVE(矢口真里・藤本美貴・加護亜依・三好絵里香・徳永千奈美・清水
佐紀)
 プッチモニ。のデビュー曲。99年当時いたのは…、矢口だけか。
19 幸せですか?(高橋愛・辻希美・大谷雅恵・後藤真希・中澤裕子・飯田圭織・
村田めぐみ・吉澤ひとみ・須藤茉麻・田中れいな・里田まい・みうな)
 02年のシャッフル
ユニット“セクシー8”の曲。あの頃ユニット内で一人だけ太って違和感があったのが吉澤。

MC まこと・新垣・前田

20 チュッ!夏パーティ(熊井友理奈・嗣永桃子・徳永千奈美・小川麻琴・道重さゆみ・
村上愛)
 01年の三人祭(石川梨華・松浦亜弥・加護亜依)の曲。道重が何だか楽しそう。
21 壊れない愛が欲しいの(松浦亜弥・加護亜依・藤本美貴・前田有紀・石川梨華・矢口
真里・保田圭・夏焼雅・田中れいな・新垣里沙・あさみ・岡田唯・須藤茉麻・清水佐紀)

テンポは速いわ、ラップは入るわ、人数多いわ、よく急造グループで合わせられるものだ。
22 恋愛レボリューション21(里田まい・後藤真希・アヤカ・三好絵里香・辻希美・
小川麻琴・飯田圭織・高橋愛・吉澤ひとみ・紺野あさ美・道重さゆみ・柴田あゆみ・大谷
雅恵・斉藤瞳・村上愛・鈴木愛理・嗣永桃子・徳永千奈美・須藤茉麻)
 同上。かつて岡村
隆史が番組内でこの曲のフリを覚えたのだが、フォーメーションの複雑さに驚いていた。
23 ピリリと行こう!(矢口真里・保田圭・前田有紀・松浦亜弥・田中れいな・藤本美貴・
石川梨華・加護亜依・新垣里沙・亀井絵里・田中れいな・村田めぐみ・みうな・あさみ・岡田唯・梅田えりか・中島早貴・矢島舞美・清水佐紀・石村舞波・熊井友理奈・夏焼雅・稲葉貴子)
 Berryz工房の曲。47抜き沖縄メロディが面白い。
24 LOVEマシーン(全員) 「ミ・ダ・ラ~」は斉藤瞳。
25 ここにいるぜぇ!(全員) このあたりは花道使いまくり。運動量ありそうだ。
26 手を握って歩きたい(全員) 飯田圭織がセンター。

MC まこと・飯田(ウエディングドレス) 「昨日でデビュー7周年」

EC1 夢の中(モーニング娘。) ファーストアルバムより。飯田圭織ソロ。一部矢口真里。

MC まこと・稲葉 全メンバー再登場

EC2 ALL FOR ONE & ONE FOR ALL(全員)

普段と違う曲を歌うのは確かに面白かったが、何せ総勢64人いるそうで、これだけ
広い会場だと、誰が歌っているのかよく見えない。伝え方に、もっと工夫が必要だろう。
この歌手名は私のメモを元にしたが、ハロプロキッズなどそもそも名前が分からないので、
「センチュリーランド」というファンサイトの情報を参考にさせて頂いた。お礼申し上げます。
あと、もう少し飯田圭織卒業に合わせた選曲をして欲しかったというのが正直な感想。
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by funatoku | 2005-01-30 14:01 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

柳家喬太郎独演会(1/27 横浜・関内ホール)

柳家喬太郎「韓流質屋」
年始回りの話題。大師匠・小さん健在の頃は、元旦の朝6時に師匠・さん喬宅に集まり、
その後でみんなで目白に行っていたのだが、亡くなってからは師匠宅だけで良くなった。
そうなると普段昼前に起きている喬太郎としては、何とか集合時間を遅くしたい。
さん喬「目白に行かなくなるから9時でもいいか。でも毎年ご来光を拝んできたし…」
喬太郎「初日の出はみんな、心の中で見ますから…」以来、一門での地位が下がった…。
続いて、「体重87キロをキープしていまして…、キープというのか…」
月に10日は酒を飲まないが、そうすると食欲が進む。何とトンカツを丸ごと食べるとか。

本題は質屋で偶然出会ったヨン様になりたい男と、チェ・ジウになりたい女が、一目ぼれして
付き合い始めるという話。オチは「ヨン(4)とジウ(10)の間をとりもつから、質(7)屋か」

春風亭昇輔「夜のてんやもの」
師匠・春風亭柳昇の死後、兄弟子・滝川鯉昇に引き取られたが、鯉昇の弟子たちが
それまでと自分を見る目が変わったらしい。ふうむ、やはり本家筋は威張っているものなのか。
本題。最近母親が構ってくれないので家出したきたという友達が家に来た小学生、
大人の真似をして店屋物をとろうとするが、メニューの間から出てきたのが出張ヘルスのチラシ。
よくわからないがこれを頼んでみようということになり電話をすると、
「当店では20代、30代、40代、50代、60代を揃えております」
分量のことだと思い、間をとって“30代”を頼むと、程なくドアのチャイムが鳴った。
ドアを開けると、「あ、君のお母さん心配して迎えに来たよ」

柳家喬太郎「錦木検校」
「一気に邪悪な雰囲気にしてくれましたね。」と言いつつ嬉しそう。
自分の子供の頃の男の子は、怪獣派と乗り物派がいたが、自分は怪獣派だった。
先輩の柳家三太楼は電車派で、先日一緒に秋田・大曲に行った時も、ローカル線(花輪線)
につき合わされたし、現地の世話係の人に挨拶も済む前から、時刻表を借りていた。
昇輔は怪獣派で気が合うが、未だにガチャガチャの人形などを買ったりしているので、
「いい年して、よしなさいよ」などと言っていたら、自分がハマってしまった。「買ってみたら、
ウルトラマンのシワとかリアルなの」と、全部揃えるために“大人買い”した。
最近、ウルトラセブン・シリーズ等でも有名な実相寺昭雄監督と、雑誌の対談で会った…。
などというオタク話をひざ立ちになったりしながら熱演しているので、どうなるのかなあと
思っていたら、「酒井雅楽頭といえば大大名で…」と噺が始まった。「あそこから古典が
始まるなんて」とご本人も言ったけど、「気が合う同士」なんてちゃんと伏線は張ってあった。

酒井雅楽頭の三男坊・角三郎は父と気が合わず、大塚の下屋敷に遠ざけらていた頃、
そうとは知らず仲良くなった錦木なる按摩に、「あなたは大名になる骨格だ」と言われて、
「もし、俺が大名になったら、お前を検校にしてやる」などと答えていた。
その後、錦木は風邪をこじらせて寝込んでいたのだが、ある時「酒井家の三男が
父の跡をついで大名になった」と聞かされて、必死で訪ねてゆくと「大名になれたのは
お前のおかげだ」と雅楽頭は喜び、検校にしようとしたが、錦木は既にこと切れていた…。

これが実に迫真の熱演で、最後など私も泣けてきた。講談系の噺のようだが、
調べてみたら、この噺は普通「三味線栗毛」と題されている割と呑気な出世譚なんですね。
原型では錦木は死なないし、オチの部分を最初にやってしまうのだから随分大胆な演出だ。
何だか久しぶりに、喬太郎師匠の150キロオーバーの剛速球を見せてもらった気がする。

柳家喬太郎「鍼医堀田と健ちゃんの石」
この時点で既に9時近い。「こんな時間になるんだったら、最初のはいらなかった」
私は数年前の正月初席で、同じ題の噺を聴いている。初席は持ち時間が10分程度なので、
漫談でお茶を濁す噺家が多くてぬるい雰囲気の中、果敢に新作をかけた喬太郎師に
感心した記憶があるのだが、その時とは全くといっていいほど違う筋になっている。
当時の健ちゃんは小学生だったのだが、今日の健ちゃんは洋食屋の大将である。
喬太郎の地元・池袋が舞台で、街の風俗などを交え、息子に嫁が来るという人情噺
にもなっている…、という喬太郎落語のエッセンスを凝縮したような内容なのである。
“鍼医の堀田が健ちゃんの石を取る”ことだけは共通だが、いくつか外伝があるのか、
段々変化してきたものなのかは知らないが、この変化には少々驚かされた。
トリ前に力演し過ぎたのか、途中からちょっと咳がちになり、健ちゃんに「これから登場する
奴はみんな風邪引いてる筈だよ」なんて言わせたのはご愛嬌でしょう。
ちょっと体調が悪いくらいの方が、力が入るのかも知れません。今日はとても満足でした。
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この写真はちょっと前かな。最近の柳家喬太郎師匠は白髪が目立つようになりました。
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by funatoku | 2005-01-28 02:16 | 落語 | Trackback | Comments(0)

金原亭伯楽著『小説落語協団騒動記』(本阿弥書店)

今、落語ファンの間ではちょっとした話題になっている本である。

1978年(昭和53年)に、三遊亭円生が一門を引き連れて落語協会を脱退した騒動を、
早世した金原亭馬生の弟子で、当時珍しかった大卒落語家である著者が描いた小説である。
この時の騒動については、三遊亭円丈『ご乱心』など既に何冊かの本が出ているのだが、
本書も一度は脱退組に名を連ねかけた経緯も含めて、当事者でならではの話が続々。

「芸のない者が協団内部の事情だけで真打に昇進する、こんなお客様に失礼な話はない。
悪い品でも売ってしまえばいい、そんな商売していたら、いつかお客様にソッポを向かれます。
それがあたしは怖いと言っているんです。」(三遊亭円生)


「おい、お前等、下の者に先を越されて悔しくないのか」(略)
「よし、じゃあお前等全員、俺が真打にしてやる。その代わり、今後俺の言うことは聞けよ、
俺が会長になった時も俺の言うことに逆らうな」(立川談志)
十八人全員、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。


「師匠、そろそろ会長を誰かに譲る気はありませんか」(談志)と切り出した。
「そりゃ、どういう事だ」(柳家小さん)
「私は、会長はもう立派に会長としてやることはやったと思いますよ」(略)
「じゃあ、誰に譲れと言うんだ」
「私にやらせてくださいよ」
「お前にだと」小さんの声が大きくなった。


突然、立川談志が発言した。
「円生師匠、この場でこの落語三遊協会の次期会長は誰か、師匠の目の黒いうちに
決めておきましょうよ」
一同、シーンとして息を呑んだ。(略)
「次期会長は(古今亭)志ん朝さんにお願いしたいと思います」(円生)
談志の顔色が変わった。(略)
その五分後、この応接間の電話が鳴った。円生が電話を取って、ほんのしばらく耳に
あてていたが、静かに受話器を戻すと、
「談志が、この協会を抜けると言ってきました」


「なあ(金原亭)馬生さん、俺はこの一連の騒動が治まったら会長を辞める。
その時は、馬生さん、あんたが会長を引受けてくれ。だから頼む。ここの所は協団のために
副会長となって貰って、一緒に考えて貰えないだろうか」(小さん)


「桂太(伯楽)、お前、これから直ぐに志ん朝の家に行け、そしてこれからあたしの言うことを
間違いなく伝えて返事を貰って来い」(馬生)
「この夜中にですか」
「そうだ、事は重大なんだ。お前もこの重大さを認識して行動しろ」


いくら素人とはいえ、学生マージャンで鍛え抜かれた桂太(伯楽)の目が、これを見逃す
わけがなかった。半チャン二回の勝負が済んで、二人の先輩二つ目が負けた金を払って
先に帰った。桂太は勝ちも負けもしなかったが、帰ろうとする小ゑん(談志)に声をかけた。
「兄さん、俺たちが盲目だとおもって、あんなことをやったんだろうが、見える奴だって
いますよ。あんなことをやってると、何時か指がなくなっちまいますよ」(略)
「おお桂太、おまえ、きのうマージャンで小ゑん兄さんを脅かしたって」
橘家升蔵(月の家円鏡→橘家円蔵)が聞いてきた。
「脅かしたなんて人聞きの悪い、ご注意申し上げただけですよ」
「こいつあ面白れえ、今夜俺のうちで飲むから、お前来いよ」


「あなた(志ん朝)の前ですが、あたしは会長時代に失敗したと思うことが一つあります。
それは(三遊亭)さん生(円生の弟子・現川柳川柳)を真打にしなかった事です。
今考えますと、彼の芸を認めなかったわけじゃなかったんです。あの以前に、あまりにも
感心しない真打が三人も出来たでしょ。それでなんとか、ちゃんとした真打を作りたくて、
まああせっていたんでしょうなあ。それであたし好みの三人(柳家小三治、三遊亭円窓、
入船亭扇橋)を抜擢しました。その後すぐに、さん生を一人で真打にしておけば、
二十人真打を作る口実など与えなくて済んだのかもしれません」(円生)


何と言うべきか、落語界の香盤(席次のようなもの)は人を狂わせますなぁ…。
談志脱退が無ければ、小さん政権はあそこまで長くならなかったかも。意地になってる感じ。
しかし、横並びで昇進させた柳家小さんより、昔ながらの実力主義を主張した三遊亭円生の
方が、むしろ今の時代に合っているように感じられた。著者も円生に共感しているようだし、
円生亡き後その役目を期待していた古今亭志ん朝が亡くなったのが執筆動機だという
なお、この本は全部仮名になっているのだが、ここでは全部実名に戻して引用しました。b0058309_1614223.jpgb0058309_1011473.jpg
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by funatoku | 2005-01-26 01:38 | 落語 | Trackback | Comments(2)

中村彰彦さん(作家)に故・宮脇俊三さん(作家)の思い出を伺う

『名君の碑 保科正之の生涯』(文春文庫)『鬼官兵衛烈風録』(角川文庫)など会津ものを
中心に骨太の歴史小説を発表し続け、昨年暮には大作『落花は枝に還らずとも 会津藩士
秋月悌次郎』(中央公論新社)を刊行したばかりの直木賞作家・中村彰彦さん。

先日、何年かぶりで中村さんと、武蔵野市内でゆっくりお酒を飲む機会があったので、
私は2003年2月に亡くなった紀行作家・宮脇俊三さんの思い出をお尋ねすることにした。
鉄道ファンから敬愛された宮脇さんと、中村さんの接点はちょっと分かりにくいかも知れない。
種明かしをすると、中村さんは元々文藝春秋の編集者時代に宮脇さんの担当だったのだ。

宮脇さんは一人旅もしくは編集者との旅を好んだが、後者の紀行文は同行の編集者との
会話が文章の見事なスパイスとなっている。ただ編集者の側は結構緊張しているのでは
ないかと思われる。というのは、「先生と同行している」「失敗するとネタにされる」なんて
こと以上に、何しろ宮脇さんは中央公論社で「日本の歴史」「中公新書」等を成功させた
“伝説の編集者”なのである。中村さんが関わったのは、『失われた鉄道を求めて』
(89年、文藝春秋刊。現在は角川書店の『宮脇俊三鉄道紀行全集3』に収録)である。

この本で宮脇さんは、それまで堀淳一さんぐらいしか書いていなかった廃線歩きを
初めてテーマとして取り上げた。そしてこの本の同行者“加藤君”こそが中村さんである。
この本で“加藤君”は廃線跡を歩いていて、しばしば遺物を発見して宮脇さんを驚かせたり、
現地でも抜群の行動力で取材して回り、「さすが週刊誌記者出身」などと感心させている。
実は中村さんも、担当する某有名作家が歴史小説を書く時に、本人が見つけられなかった
史料を探し出して段ボール箱で送って驚かせた、というような“伝説の編集者”だったのだ。

この作品以降、宮脇さんはそれまでの鉄道紀行に加えて、『古代史紀行』『戦国史紀行』
といった歴史ものへも作風を広げていくのだが、この本の取材を通して若き歴史作家から
刺激を受けたことが契機だったと解釈しても、そう間違いではないだろう。
また95年から刊行されて10巻を数えた編著書『鉄道廃線跡を歩く』(JTB)シリーズは、
“鉄道廃線ブーム”を巻き起こしており、現在もこのジャンルのバイブル的存在である。

ところが、こうした契機を作った中村さん自身は鉄道ファンでも、まして廃線ファンでも
ないのである。中村さんのお宅は私が育った場所に近い(お子さんは同じ小学校)のだが、
「何だかウチの近くにも廃線跡があるんだって?」
「あります!戦後一時、緑町に国鉄スワローズの球場があって、その引込み線ですね。
子供の頃にあの廃線跡を探検したのが、私の鉄道趣味の原点なんですよ」
そのうちこの廃線跡を30ウン年ぶりで歩いてみて、このブログでも紹介したいと思います。

宮脇さんは、“加藤君”いや、中村さんが執筆に専念するため文春を退職した時には心配
して角川書店の編集者を紹介し、現在に至るまで中村さんの本も角川から多く刊行されている。
取材旅行の時は夜、一緒に酒を飲みながら宮脇さんの話を聞くのが楽しみだったとのこと。
「(亡くなったのは)76歳。最後の方は老化が早くて驚きましたよ。足が弱ってからは、
あんなに旅行好きだったのに、旅行にも全然行かなくなっちゃって…。
でも、作家としては思い残すことは無いんじゃないかな。全集まで出たんだから」
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by funatoku | 2005-01-25 21:44 | 一期一会 | Trackback | Comments(0)

古田敦也捕手の監督就任問題

スポーツニッポンの1月21日付記事からちょっと長いけれど引用。

 ヤクルトの多菊善和社長(69)が、球団フロント幹部、若松勉監督(57)、古田敦也捕手(39)に対し、来季監督問題に関してシーズン終盤までかん口令を敷く方針を固めたことが20日、分かった。古田の来季現役続行は難しい、との私見を示した同社長がファンから抗議を受けたためで、報道陣にも同捕手の去就問題の質問を封印するように通達した。米カリフォルニア州で自主トレ中の古田が帰国する23日にも、多菊―古田の緊急会談が行われる。

 コーチ会議後の記者会見を終えた若松監督に、テレビ局関係者から古田の来季去就問題について質問が飛んだ。自身の去就問題も絡む問題だけに、一瞬、指揮官の顔がこわばる。それでも指揮官は平静を装いながら質問に答えた。
 「選手というのは1年でも長くユニホームを着たいものだ。オレも42歳までやったから気持ちはよく分かる」
 あくまで現役の古田を気遣った発言。しかし、慌てたのは東郷広報部長だ。指揮官が会見場を後にするやプレスルームに飛び込んできた。「いろんな問題が派生してるんで配慮してください。今年スタートしたばかりだし、プレーヤーとしての古田選手と若松監督のことを考えてください!」。異例の取材規制。いかに球団関係者が、来季の監督問題、特に古田のプレーイングマネジャー問題に神経をとがらせているかがうかがえた。

 事の発端は13日のOB会総会だった。多菊球団社長が古田の来季の去就について「現役は無理だろう」と発言。プレーイングマネジャーを要請する意向を示し、古田も希望していると明言した。真意は、選手兼監督という新しい立場の方が「チームで一番の有名人だし売りになる」ということだったが、これがヤクルトファンを怒らせてしまった。東京・新橋の球団事務所には社長発言に対しての苦情電話が連日、殺到。昨年、労組・日本プロ野球選手会会長として球界再編問題で奮闘し、2リーグ・12球団制を維持した最大の功労者に向けられた軽率な発言にファンが反発したのだ。しかも選手としても昨年8度目の打率3割をマーク。衰えを知らない姿を見せただけに、現役引退をほのめかす発言はファンの神経を逆なでしてしまった。米国で自主トレ中の古田も社長発言を受けて「監督をするならヤクルトとは限らない」と含みを持たせた。

 事の重大さに気づいた多菊社長も複数の球団関係者によると「大変反省しているようです」。そして同社長は古田の去就問題の話題を封印するよう、報道陣に求めた。
 若松監督への配慮もあり、封印要請は古田本人にも波及。「古田選手の帰国次第、今後は去就問題の話題を話さないようにお願いすることになる」(球団関係者)とし、次期監督候補に対しても、かん口令を敷く事態に発展。23日の帰国を待って古田と“意思統一”の緊急会談を行う。(引用終わり)

昨年の古田はプロ野球選手会長としての活躍が目立ちましたが、打者としても3割6厘を
マークして、打率ベスト10に名を連ねました。この年齢までレギュラーをつとめた捕手は
プロ野球史上それほど多くありません。野村克也、伊東勤といった先達と比べると、
全盛期より盗塁阻止率が下がったとは言え、肩の衰えが少ないことは特筆に価すると
言っても良いでしょう。

ただ、ここ数年負け試合になると、何となくバッティングが淡白になる傾向が見られました
(これはベテラン選手に共通するものですが)。昨年はグランド以外でも気が張っていた
のが、いい結果につながったと言えるでしょう。「モチベーションが下がる」というのが、
今の古田にとって最も大敵なのではないでしょうか。敵は身内にいた訳です。

私はこの多菊という人のことは、選手出身ではないということ以外は全く知りませんが、
「もう限界だろう。来年は無理。走れればいいけど」とは何事でしょうか。
そしてファンの反発を買ったと分かるや、一転してマスコミに緘口令とは、いやはや…。
球団社長というのは、自分の言葉がどういう影響をもたらすか想像できないこの程度の
人物でも務まる役職とはとても思えないのですが…。
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こっそり載せちゃいましょう。多菊球団社長です。なかなか見事な“悪代官顔”ですね。
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by funatoku | 2005-01-22 22:15 | ヤクルト・西武(プロ野球) | Trackback | Comments(0)

メロン記念日「肉体は正直なEROS」(zetima)

2月9日発売のシングル曲が、昨晩のラジオで初on airされました。
何せこのタイトルでしょ。イヤーな予感がしていたのですが、良い方に裏切られたようです。
今までのメロン記念日に無かったジャズっぽいコード進行なんですね。
4ビートジャズというよりはフュージョン系の作りで、最近のつんく氏にしてはシンプルな編曲。
ジョージ・ベンソンあたりがこのアレンジのままカヴァーしても、そんなに違和感ありません。

メロン記念日はかつて「This is 運命」「さあ!恋人になろう」というロックが当たったのに、
その後つんく氏はやや強引に方向転換させ、“大人っぽい曲”路線を進ませたのですが、
「チャンス・オブ・LOVE」「MI DA RA摩天楼」あたりには、正直なところ疑問が残りました
(後者はCDで聴くと飽きるものの、ライブでは一定の効果を上げているとは思いますが)。
それより、私は“大人路線”を進ませるのなら、何故ジャズを歌わせないのかなあ、と
これは昨年、アルバム「THE 二枚目」のことを書いた時(11/30)にも少し触れましたね。

そういう意味でジャズファンにして、メロン記念日ファンの私としては、取り敢えず満足。
“取り敢えず”と留保付きなのは、こういう曲なら生ドラムに、ピアノソロを入れたりして、
もっとジャズ色を前面に出して欲しかったという、ちょっと贅沢な望みかも知れませんが。
ライブで聴くのが楽しみです。本当はピアノ・トリオの生演奏のバックで歌って欲しい位。
(2/9追記:「This is 運命」「赤いフリージア」と並ぶメロンベスト3の名曲だと思います。
ファンの関心はすっかりEROい振り付けだけに集まっているのが、残念でなりません)
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by funatoku | 2005-01-21 02:42 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

気前がいいんだかケチなんだか…

最近私が一番色々考えてしまったのがこのニュース。以下引用

 昨年12月、千葉県鴨川市の田口勝博さん(79)・千代子さん(79)夫妻が、
日本赤十字社に個人資産約9億7000万円を寄付して世間を驚かせた。
「こんな親戚(しんせき)がいたら…」と思った人も多いだろう。そんな折、「実はアタシが
その親戚です」と告白したのが落語協会理事の落語家、柳家さん八師匠(60)=写真下=だ。

「お袋の妹が千代子叔母さんです。終戦後、叔父たちと同居もしたし、子供がいない
夫婦だったから、幼い時からかわいがられていました」

 寄付の話は親戚にも知らされず、報道された時は「とにかく驚いた。老人ホームに
入ったということまでは聞いてたんだけど、そんなにお金を持ってるなんてねぇ…」。
そして、「楽屋で芸人仲間に話したら、『いくらもらったんだ?』って。11日現在、
一銭ももらってません!」と笑う。

 田口さんは段ボール箱製造業や不動産、株取引で資産をなした。
師匠は「酒、たばこ、女もやらず仕事一本やりの人。よく、“カネを稼ぐのは甘いもん
じゃない”と言っていたし、厳しい人だったよう」と振り返る。

 ただ、師匠が21歳で大手印刷会社のサラリーマンを辞め、落語家の道に入る際、
反対する家族に「人生は一回しかないんだから、やらせてみたら…」と言ってくれたのも
田口さんだった。

 「五代目小さんに弟子入りすると、夫婦で来て『着物に』と反物をくれた。
よく『遊びに来なよ』とも言ってくれたんだけど…もっと親しくしとけばよかった(笑)」

 今回の話は、田口さんから電話で「ネタにしていいよ」と“許可”も得て、
11日から出演中の東京・池袋演芸場で披露。
「お客さんも驚いていたね。でも、叔父さんは『金は人を狂わせる』って言ってたから、
やっぱりもらわなくてよかった。アタシなら、あちこちに女こさえてたよ」。(引用終わり)

いくらかでもあげろよ!そんなに持ってるんだし、可愛がった甥なのに…。
これを笑って話せるさん八師匠も凄いな…。
この場合、最近すっかり疎遠だったようなのが敗因かも…。
なんて、私にはお金持ちの親戚なんかいないのに、心配したりして(笑)。
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by funatoku | 2005-01-20 01:34 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(0)

モーニング娘。「愛の第6感」(zetima)

1. 涙が止まらない放課後 え?平成も10数年過ぎて、こんなシンプルなアイドル曲?
っていうような曲。ただ中心メンバーが二十歳前後になっている今出すべき曲だったかな。
シングルのジャケット写真が制服姿だったけど、さすがに無理があるメンバーがいたし。
「恥ずかしい」を「恥ずい」としているあたりが、つんく流のひねりなのかも知れないけど、
これは数年後に聴いたら別の意味で“恥ずく”なってるかも知れない。
2. すき焼き 47抜きの沖縄メロディだが、昨春ベリーズ工房で出した「ピリリといこう」
の方がエッジが利いていたような気もする。そちらは詳しく聴いたことはないのだけど。
3. 春の歌 先日の7期オーディションのヴォーカル課題曲。6期の時はメロン記念日の
「赤いフリージア」が課題曲となり、メロン史上最大のヒット曲になった。実は私も先日の
オーディションでこの曲を聴いて、このアルバムを買う気になったわけです。
飯田圭織、矢口真里、石川梨華、吉澤ひとみの年長組によるスローバラード。
飯田、矢口のコーラスを久しぶりに味わえるし、石川、吉澤の成長もよく分かる。
4. 女子かしまし物語 こういう比較は如何なものかという気もするが、おニャン子クラブで
いうところの「会員番号の歌」ですな。ただ、本人の部分を本人が歌っていないのが違う。
周辺情報ではつんく氏は“ベース好き”という話があって、最近の曲は打ち込みベース
ばかりでそういう片鱗を感じなかったのだが、これはビッグバンド・ジャズをアップテンポに
したような曲調で、ベース大活躍。編曲とベース、ギターなどは鈴木Daichi秀行。
5. 直感~時として恋は~ アップテンポの曲に和太鼓が入る和風の編曲が面白い。
6. 独占欲 こちらは幻の(笑)7期オーディションのダンス課題曲。ラップ多用で難曲かも。
7. レモン色とミルクティ 5、6期の8人によるベタな80年代風アイドル曲タイプ。
こういう曲は松浦亜弥が歌うと妙にハマるんだけど、藤本美貴だとちょっとドスがきく(笑)。
8. 浪漫~MY DEAR BOY~ シンプルなロックンロール風のシングル曲。
9. 声 アルバム中、唯一生のドラムが入っている曲。やっぱり生バンドはいいねぇ。
10. HELP!! 昨年のミュージカル「HELP!!熱っちい地球を冷ますんだ」挿入曲。
モー娘。のミュージカルとしては2001年の「LOVE CENTURY」に次ぐ出来だと思います。
11. SHIP TO THE FUTURE こちらはミュージカルのエンディング曲として使用された。
12. 女子かしまし物語2 本人の部分を本人が歌っているという点では、こちらの方が
「会員番号の歌」の直系かも知れない。しかし、アップテンポで台詞が詰まっているので、
初めて聴いた人は何が何だが分からんでしょうなあ。私も何度か聴き返しましたよ。

初期のモーニング娘。では、誰がどのパートを歌うかというのが聴き所だったわけだが、
10人超えると正直なところ聴く方は誰がどこを歌おうと、どうでもよくなってくる。
そういう意味では3,7あたりは久しぶりにパート割への関心を呼び起こしてくれたかも。
無理矢理5期メンバーをフィーチャーした感があった前アルバム(タイトル失念)に比べると、
曲調の多彩さ、全体のバランスの良さで、上回る出来なのではないかと思います。

という訳で、本日20歳の誕生日を迎えた石川梨華さんにトップを飾って頂くことにしましょう。
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by funatoku | 2005-01-19 02:18 | メロン記念日 | Trackback | Comments(0)

「野球小僧 2005年2月号」(白夜書房)

様々な角度から野球のデータを分析する「データスタジアム」の記事や、他の追随を
許さない詳細なアマチュア野球選手情報で、特色を出している野球雑誌「野球小僧」。
最新二月号の特集は「[楽天vsプロ野球]を100倍楽しむ方法」である。

楽天投手陣の昨年の合計勝利数は41勝。そのうち先発は25勝であり、岩隈久志が
15勝を占めている。特集ではデータから楽天投手陣の意外な特徴をあぶりだしてゆく。
シュートの配球率が10%と高いのだ。右打者の内角を攻め込むシュートは、肘への負担が
大きいせいもあって、他球団では大体3、4%しか投げていないのだが、楽天では
福盛和男23%、徳元敏21%、矢野英司17%と、リリーフ陣の果敢な内角攻めが目立つ。
さらに、矢野、河本育之、戸叶尚らは2点差以内での被打率が際立って低いのだ。
つまり接戦に持ち込み、リーグ屈指のリリーフ陣を継投させれば勝機は見えてくるのだ。

一方、打撃陣。昨年の打率は.253で、本塁打は計49本。そのうち26本は選手会でも
名を上げた礒部公一が打ったものだ。打撃戦になると勝ち目はないが、2点差以内の
接戦になると竜太郎.333、礒部.323、鷹野史寿.313らは高い打率を残しているのだ。
ベテランの山崎武司、関川浩一、飯田哲也、中村武志らにフル回転は期待できないが、
かつて近鉄“いてまえ打線”の一翼を担った吉岡雄二、川口憲史が復活すれば、
新外国人ばかりに期待しなくとも、打線に厚みが出てくるかも知れない。

しかし、伊原春樹・前オリックス監督のインタビューは、甘い幻想など打ち砕く。
「やっぱり相当厳しいね。(投手陣は)金田政彦、小倉恒、谷中真二、川尻哲郎、高村祐、
小池秀郎、小林宏…。はっきり言わせてもらって、今年(2004年)限り、あるいは来年
(2005年)限りまでだろう、という選手が並んでいる」
「このメンバーがあと5つ若かったら、これはかなり面白いですけど、年齢は正直ですよ。
僕自身今年は名前に騙された部分があった。ケガさえ治ればいけると思っていたけど、
僕の予想以上に力が落ちていた。35歳と27、8歳の140キロではバッターの手元での
伸びから何から違うんですよ。」
「スタメンに名を連ねそうなメンバーでそこそこ走れるのは礒部だけ。大島公一あたりも
若いときはいい走塁センスを持っていましたけど、今は足が動かなくなっているし、
斉藤秀光も遅い、吉岡も遅い。竜太郎も、佐竹学も速そうに見えて速くない」
「プレーヤーとしての彼(田尾安志監督)の印象は、やっぱりわが道を行くというもの。
元々いた中日も、西武から移った当時の阪神も、割と気ままな野球をやっていましたしね。
西武の野球に影響を受けるようなところは少なかったんじゃないかな」
「マーティー(・キーナートGM)は日本で活躍した外国人との付き合いは多くても、
そういう仕事をやってきたわけじゃないからね。いざこの選手を獲りたいとなったときに、
そうそう上手く事は運ばないんじゃないかな」
「ピッチャーだけでも、5、6人は化けないと。でも、もう化けようの無いメンバーも多いから…」
「楽天で最後の一花を咲かせようとする意気込みなんかがまとまっていけば、少しはいい形
が出るかな、とは思います。ただね、気持ちで勝てるほどペナントレースは甘くはないですよ」
ダメじゃん、それじゃ。でもこのあたりが現実なのかなあ、という気もする。
特に悲観的な部分を並べたのだが、この人はやはり監督より参謀タイプかも知れませんな。
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オリックス・ブルーウェーブ監督時代(2004年)の伊原春樹氏
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by funatoku | 2005-01-16 18:50 | ヤクルト・西武(プロ野球) | Trackback | Comments(0)