カテゴリ:落語( 64 )

立川談春独演会「第4回 黒談春」(2/19 紀伊国屋ホール)

「黒談春ってどういう意味?」と頭に?マークを点滅させつつ紀伊国屋ホールへ。「黒談春」「白談春」という独演会をシリーズでやっているのは知っていたのですが、来るのは初めてだったのです。

立川談春「宿屋の仇討ち」
 平日昼の独演会というちょっと珍しい時間帯のせいか、客席を見渡して「狙った通りの大人の客層で」などらしくないことを言う。競艇の旅打ちで釧路に行ったら、所持金が600円になってしまい、そのまま飛行機で帰ろうと思ったら天候不順で飛行機が止まってしまった話。夫婦で1泊3万円の温泉旅館に泊まった話。露天風呂に入っていたら、黒人の子供が海水パンツを穿いたまま入ってきたので叱った。あとから続いて二人は入ってくるので、どういう親かと思ったら本物のロバート・デニーロだった。デニーロに「ヘイ!ミスター」と呼びかけて露天風呂は100%源泉であることを英語で伝えようとしたが、「百が日本語だということが分からなくなっているんですね」。部屋に帰って奥さんに話したら「営業だったのね」。誰に話してもどうせそっくりさんだろうと信じてくれないが、廊下で戸田奈津子さんとすれ違ったから本物に間違いない…。
 談春師というと、つい上手さを強調してしまいがちで、なかなか文章では伝えにくいのですが、マクラの面白さはピカ一です。理知的な部分と馬鹿馬鹿しい部分のバランスが良くて、かつタイミングが絶品。

 「宿屋の仇討ち」は東海道神奈川宿が舞台。前夜は小田原の宿でうるさくて眠れなかったので、静かな部屋に泊めてくれという侍が来る。ところが、この隣室に江戸っ子三人組が泊まって芸者をあげてドンチャン騒ぎ、相撲をとり始めたり、夜話でのろけ話を始める始末。困り果てた侍は江戸っ子たちののろけ話を逆手に取って一計を案じる…という噺。
 江戸っ子たちの浮かれっぷりと、隣の侍が怒っていると聞かされた時の間の良さ。「二本差しが恐ろしいのかい」「恐ろしくはないが怖いじゃねえか」。侍が「伊八!」と宿の者を呼ぶタイミングも素晴らしい。縛り付けられた三人を伊八が「仇討ちしなくてももうすぐ死にそうですよ」。談春師はこういうドタバタ喜劇も実に間が良くて1時間笑い通しでした。

立川談春「札所の霊験」
 この「黒談春」は他では出来ないネタ下ろしをやるのだそうで、故三遊亭円生師匠は自分の独演会のお客様には我が儘をさせて頂くという考えから珍しい演目をかけたといいますが、「黒談春」は円生流の実験をする会らしいです。だからというわけではないでしょうが、この「札所の霊験」は円生師の「円生百席」という音源はあるものの三遊亭円朝作のかなり珍しい噺。

 越後榊原藩の水司又市という下級武士が湯島の岡場所の小増という花魁に惚れて通いつめるが、無粋な田舎侍で相手にされず、挙句の果てに暴れ始める。仲裁に入った水司の上役の息子の中根善之進が小増と深い仲と知って逆恨みし、待ち伏せして切り殺して逐電する。やがて年季が明けた小増は七兵衛という商人の後添いになるが、二度の火災に遭って没落してしまい、知人を頼って越中国高岡に流れ着く。ここで夫婦に金を貸してくれた永禅という和尚は実は水司又市で小増と段々深い仲になる。そのことを知った七兵衛は永禅をゆすりにかかるが、逆に斬り殺されてしまう…。

 登場人物の誰にも感情移入出来ないこと甚だしいです。田舎侍は思い込みの激しいストーカーだし、花魁は図に乗って悪態ついたりする性悪。中根は格好つけるが実が無く、没落した七兵衛も根性がさもしくなっています。この噺は因果応報がメインテーマのようで、この後で床下に隠した七兵衛の死体が発見されて、永禅の悪事が露見することになります。

 途中で笑える部分は殆んどありませんし、元はとても長い噺なので続き物というスタイルで出来ない現代では演じられなくなったのも無理はありませんね。確かに迫力はあるので演者に問題があったわけではなくて、談春師の力量をもってしても1回だけで現代にフィットさせることは難しい噺ということだと思います。談春ファンの私も正直なところ70分が長く感じられました。終演後に幕を上げて、「お互い大人なんですから、黙って帰ってください」とは洒落でしょうけど(笑)。

 「青空文庫」に原作がありました。今回は1~4、15~18を繋げた形での上演でした。このチョイスだとストーリーは進むものの、テーマが見えにくくなってしまったきらいがあります。人情噺と分類されているようですが、原作とざっと見比べると人情噺としても怪談噺としてもやや輪郭がぼけたように感じられるのですね。
[PR]
by funatoku | 2008-02-20 01:13 | 落語 | Trackback | Comments(0)

林家たい平独演会「天下たい平 vol.25」(2/8 横浜にぎわい座)

柳家ごん坊「動物園」
 失業した男が動物園のバイトに雇われて、ライオンの着ぐるみで檻の中でライオンのふりをしていたら、トラと戦わされそうになって慌てる。しかし、トラが近寄ってきて耳元で「心配するな、俺も雇われた」。寄席の浅い出番でたまに聞くものの、東京のホール落語で前座がやるのはちょっと珍しいかも。明治末期に大阪で出来た新作だそうで、そういえば10年くらい前に大阪の小さな落語会でも聞いた記憶があります。

林家たい平「愛宕山」
 「今日、2月8日は楽太郎師匠の誕生日」とまずは笑点ネタ。この日は場内の平均年齢が結構高めで、「笑点」ファンが多いのかも。この 「天下たい平」は普通は日曜昼にやっているのだけれど、今回は金曜夜に開催し、過去にここでネタ下ろしをした分から二席。
 自宅で豆撒きをしようとしたら奥さんに止められて、仕方なくレジ袋の中に向かって豆を投げ入れた(笑)。ギャラは出ないが蟹を食べさせると言われて山代温泉に行ったら、他の人が蟹を食べている間に落語をやらされた。などとマクラを振ってから本題へ。
 たい平師演じる幇間の一八の印象を一言で言えば「ダメ人間」(笑)。何しろ酒席で客より酔っ払っているし、小狡さや計算高さは余り感じさせないお調子者。旦那に連れて行かれての山登りの場面の、息の演じ方が実に絶妙。歌を歌って勢いをつけようとするも、「歌と足が合わないね」というあたりは爆笑しました。
 旦那のキャラクター設定は微妙に意地悪。鷹揚に見えるものの、幇間への酷薄さがチラチラと出ていて、この辺の対比がストーリー全体に心地よい緊張感をもたらしている感じです。崖上でためらう一八の背中を小僧に押させておいて、「俺はお前に指示しただけだよ」と「まるで時津風親方」などというブラックな時事ネタも(笑)。
 旦那がばら撒いた小判を求めて崖から飛び降りたりする一八の必死さを、たい平師は表情豊かに演じていました。この一席は表情の比重が大きい印象でしたね。

太田家元九郎(三味線漫談)
 見るのは久しぶりかも。お変わりなくて何より。

林家たい平「幾代餅」
 TBSが取材に来た。落語家とは縁の深い局なのに何故自分にと思ったら、長老たちには訊き難い件だった。王監督の娘・王理恵が婚約者の蕎麦を食べる音が気になるといって破談になりそうな件で、落語での蕎麦を食べる音の仕草を実演させられた。うどんと蕎麦の違いなどをやってみせると、「ではカレーうどんでは?」「木久蔵ラーメンでは?」(笑)。そして問題の「オクラトロロ納豆蕎麦」をズルっと食べてみせて、「それじゃ排水口です」。
 「幾代餅」は「紺屋高尾」の同工異曲。浮世絵を見ただけで、恋の病で寝込んでしまうということ自体が現代では現実離れしていて、二次元に萌えるアニメおたくだって寝込んだりはしませんからね。ですから、私はこの噺をあまりまともにハッピーエンドまで演られるのはちょっと苦手で、立川談春師匠のように思い切った人物造型と緻密な心理描写という現代的リアリズムでゆくか、或いは思い切ってファンタジーとして楽しく演じて欲しいところです。
 たい平師はどうやら後者を選んだようで、寝込む清蔵に「餃子でも食べたのかい」と時事ネタで笑いを交えつつ進めます。そして、吉原に着いてからの描写は更にテンポアップしてとても簡潔で、帰ってから幾代を迎えるエンディングまでも実に快調に進みました。この噺にしっとりとした廓噺の風情を求める人にはちょっと物足らない演出かも知れませんが、上述の通り私はたい平師匠の演出を支持したいと思います。
[PR]
by funatoku | 2008-02-16 20:37 | 落語 | Trackback | Comments(0)

立川志らく「第22回志らく百席」(1/8 横浜にぎわい座)

立川志ら乃「狸札」
 真打トライアル中で、「こんなところで落語やってる場合じゃないんですが(笑)」。この人もかれこれ10年以上見ていて、昔はちょっと斜に構えた落研っぽい雰囲気があったのですが、今日は連発する細かいギャグが全て笑いにつながっています。子狸が「おかみさんの代わりに」と迫ってくる面白さ。こういう前座噺で爆笑をとれるのはセンスの良い証拠ですし、真打直前の勢いを感じました。今年は注目しようっと。

立川志らく「松竹梅」
 また痩せていて、面変わりしています。ご本人がmixi日記でも書かれていますが、甲状腺の病気で命に別状は無いものの治療には少し時間がかかるそうです。
 2日にテレビの生収録があって、十代目金原亭馬生師匠のビデオのヒザを務めたそうですが、出来はもう一つで、悪いことに家元がその番組を見ていた。新年会の席でダメ出しをされてしまい、高田文夫氏などは大喜びで「落語がダメな立川志らくです(笑)」と挨拶。家元には「(司会をしていた)林家いっ平の方がいい」とまで言われたそうですが、要は「テレビにおいては」という大前提のある話で、家元に言わせれば馬生師匠もテレビではダメということになるのだから、「どちらがいいかと訊かれれば、いっ平と同じより、馬生師匠と同じグループを選びます(笑)」。もっともその後で家元から「類稀なる才能を大事にしろ」とフォローされたそうですが。
 今年発売される自分のDVDを見ていたら「上手いことに気がついた」。最初から随分テンションが高いようです(笑)。
 これは補足が必要で、落語家は大きく分けると「上手い」と「面白い」に分かれます(どちらにも入らない人はまあ論じるに値しません)。志らく師匠は「面白い人」の代表格のように見られているのですが、自分の高座を見ていたら「上手い自分」を発見したということなのです。そこで師匠が語った「上手い・面白い分布図」には興味を引かれました。
(上手い)立川談春、柳亭市馬
  ↑  柳家喬太郎、柳家花緑
  ↓  立川志らく、林家たい平
(面白い)春風亭昇太、三遊亭白鳥
 当事者であるプロの感覚と、私の感覚とはちょっと違っていて、喬太郎・たい平が逆。たい平師匠は人情噺を割りと普通に演ることがありますし、喬太郎師匠は馬鹿馬鹿しいギャグをやる時にも、巧みな演技力を使うので何とも分類しにくいのですが。
 ただ、談春師匠はパワフルな爆笑高座を見せてくれることもありますし、志らく師匠の「シネマ落語」は上手いからこそ落語として活きているのでしょう。私が惹かれるのは「上手いだけ」「面白いだけ」の人より、「上手い」と「面白い」を使い分けられる人なのだなあと改めて痛感しました。

 さて本題ですが、「松竹梅」は今日あたりもどこかの寄席で必ずかかっているであろうこの時期の定番。婚礼の席に招かれた松さん、竹さん、梅さんが、謡いを披露する失敗譚なのですが、志らく師匠は「ほんのつなぎ程度の落語をものの見事に爆笑編に仕立てあげた。謡を隠居が松竹梅の三人に教えるくだりを一種の狂気の世界にした。(略)言葉をスピーディーに繰りだして、とどのつまりがドタバタ喜劇の世界を作り上げてしまうのだ」(立川志らく『全身落語家読本』新潮社刊)。
 「♪長“者”になーられた」と言うべきところで、「大“蛇”」「亡“者”」「キム・ヨン“ジャ”」などと間違えて「グ“シャ”グシャになりました」とサゲ。

立川志らく「崇徳院」
 「恋患い」の今むかしという枕からオーソドックスな入り方。商家の若旦那がどこかのお嬢さんに一目ぼれしてしまうが、別れ際に彼女が書いてくれた「百人一首」崇徳院の上の句の短冊だけを頼りに幼馴染の熊五郎が相手のお嬢さんを探し回るという噺。相手も若旦那に一目ぼれして探していたというハッピーエンドで後味も良い。
 実はトリよりこちらがお目当てだったりします。私は志らく師匠の“一人キ○ガイもの”が好きで(正式な用語じゃありませんが、一人で浮かれている人間が登場する噺)、「崇徳院」は“一人キチ○イもの”の範疇に入るかは微妙なのですが、追い詰められた熊五郎が狂気じみて“ちょっとアブナい奴”になってくるあたりがもう堪らなく面白い。私は04年11月の「下丸子寄席」以来になります。
 若旦那「女の顔を見て驚いた」
 熊五郎「髭が生えていた」(略)
 熊五郎「若旦那がその女の顔を見て驚いた。髭が生えてると思うでしょ」
 大旦那「思わないよ」
 熊五郎「親子なんだね」
 というあたりは、いかにも志らく師匠らしいギャグなのですが、師匠の上述書によると実は十代目金原亭馬生師匠のクスグリなのだそうです。こりゃ馬生師匠のも聞いてみなきゃいけませんね。逆に、若旦那の説明に「英語?」と返すあたりは、今回の若旦那はそれほど多弁じゃないので以前ほどの効果が上がっていなかったかも。「中国人・崇院徳」なんて誰にでも分かるギャグもあれば、「かるた」と聞いて「古今亭菊千代?」なんて落語ファン向けの小ネタも混ぜてあります。ちなみに「三遊亭“歌る多”」と「古今亭菊千代」は初の女性真打。
 一箇所ちょっと気になる言い間違いもありましたが(「お前が死んだら→息子が死んだら」)、いつまでも、十八番であって欲しい一席でした。

立川志らく「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」
 何だか歌舞伎の外題のようだと思ったら「お富さん」のことで、師匠によれば落語の方が先にあったそうです。十代目金原亭馬生師匠のCDがありますが、私は知りませんでした。歌舞伎では九幕に分かれるそうで、落語でも普通は何席かに分けるようです。現に立川談春師匠が来月から毎月一回4ヶ月かけて上演するのだとか。それを一回で全部演ってしまおうというのですから、如何に大胆な試みかが分かります。
 江戸を追われて木更津で暮らす若旦那の与三郎が、博徒の妻・お富と知り合い深い仲になるが、やがて発覚して半殺しの目に合う。しかし、生き残った二人はやがて江戸で再会して暮らし始めるが、生活に窮してお富は妾になる。行き掛かりから二人は人を殺し、与三郎だけが佐渡送りにされたが、島抜けして江戸に戻ってくる。しかし、既に父母は亡く、妾に納まっていたお富はやって来た与三郎を持て余して刺し殺す…。
 という長い噺を50分で演じるとどうなるかというと、地の説明部分がとても長くなるのですね。従って登場人物への感情移入は出来ません、というか狙いどころは感情移入ではなくて転落のスピード感なのだと思います。
 品川の海の向こうの方から段々近づいてくる「終」という文字、というサゲは、この一編が映像的な発想で構成されていることを反映しているのでしょう。ただ、どうしてもダイジェスト版を見たような印象も拭えませんね。
 
 最後に「ジェットコースターのように、ついてこられる人だけついてくる落語と言われたが、今年から変えてゆく」という意味の発言がありました。芸風が変わるタイミングが四十代半ばというのが早いのか遅いのかは個人差があるでしょうが、病気の快癒を祈るとともに、また新たな境地を拓いて欲しいと思います。

        *   *

 新年おめでとうございます。お読み頂きまして誠に有難うございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 落語以外の時事ネタなどはmixi日記に書いておりますので、そちらもどうかお引き立ての程。
[PR]
by funatoku | 2008-01-09 21:12 | 落語 | Trackback | Comments(0)

リビング名人会 立川談志(12/18 よみうりホール)

 凄いものを見てしまった、という興奮が今も冷めません。家元は昨年あたりから、身体というより心の不調気味という印象だったのですが、そんな印象を一気に吹き飛ばす歴史的名演に立ち会えたことは落語ファンとして正に至福の時間でした。

立川談志「意地くらべ」
 家元を見るのは昨年のこのリビング名人会以来になりますが、ちょっと痩せた?深々とお辞儀して「ご来場感謝云々」と呟いた後、「もうダメだ!」「“平気でしょ”という拍手が人の不幸を喜んでいる…」「今年が最後かな」「やけくそで『芝浜』やりますよ」「(同じように演っていると)飽きるんですよ。でも変えたのがいいとは限らない」「痩せちゃったでしょ」「常識と非常識の間に現われる自我を表現するのが落語」「『寝床』の豆腐屋を端折っちゃう噺家が落語をダメにしている。“ガンモドキの作り方訊いてるんじゃないよ”っていう台詞を言うのが落語」「自殺しちゃう本当のキ○○イにならないために、擬似○チガ○になっている」
 グデングデンの酔っ払いを家に送っていったら「車椅子はどうしたんでしょう」、精神病院で「次のナポレオンの方どうぞ」といった家元の定番ほか小噺を幾つか。更に某事件を「○の○○○○い奴が落語聴きにくるんじゃないよ」

 「一席お笑いを」と本題へ。というか、私はこの噺を知らなかったので、随分長い小噺だなあと思いながら聴いていました(苦笑)。八五郎が地主から300円を借りて借金を返そうとすると、貸した旦那はそんな金は受け取れないといい、仕方がないから地主に返そうとすると、一度貸したのに返してもらうわけにはいかない…という三者の意地の張り合い。
 家元の場合は極端に状況説明が省かれていて、地主だの旦那という名前は出てこないし、八五郎という名前も多分一回しか出てきません。江戸っ子というよりは、「自分の中にルールを持っている人たち」というように受け取れました。調べたら、明治・大正期の劇作家である岡鬼太郎による新作落語でした。

立川談志「芝浜」
 随分長いお囃子を経て登場。「髪の毛の色ね」自分で染めたらしい。そういえば、やや青っぽいし、前髪は黄色っぽいのかな。昔は平気だったのに、照明が気になるなどと心細い呟き。
 「金拾ったのは夢だったと言われて、誰が仕事を頑張る気になりますか。ついてない人生だと思うんじゃないか」と「芝浜」に対する根本的な疑問を提議してから本題。

 「いつから商いに行くの」と女房に言われ明日からと答え、「明日への祝いだ」と呑み始める魚屋。朝早い商売であるのを嘆いて「誰だ?最初に早く始めた奴は」「朝の魚が新しいわけじゃない」とやけに理屈っぽいのが家元らしくて可笑しい。一昨年はやけに長く感じた芝の浜辺で顔を洗って煙管を吸う場面も、今回は短めで「大きいのに波(並み)」などと駄洒落を言ったりする。42両という大金を拾って帰宅した場面、「勘定してるだけだもの、分からないわよ」という女房の方が「海の中のものは魚屋のものじゃねえか」という魚屋より舞い上がって見える。再び酒を飲み始め「夕べの酒が“おあめでとうございます”と迎えに来て」、寝てしまう魚屋。再び起きた魚屋に、金を拾ったのは夢だと女房が言う場面、「屁みたいな商いって、今まで屁のお陰で食べてきたんじゃないか」「屁のお陰って志ん生みたいな」。「値の決め方もおかしいよ。100両とかなら分かるけど42両って」と説得するのが面白い。

 「今みたいにものを複雑に考えなかったのかね」と家元は再び問題提起するも、まあともかく魚屋は酒を断って働き始めて3年。女房は拾った42両を魚屋に渡す。
 「てめえ、あん時に!」と魚屋が女房に掴みかかるのにはちょっと驚く。しかも、この女房「優し過ぎるんだよ、馬鹿野郎」などと言うから更に驚く。3年もの間、女房に騙され続け、「有難う」と感謝しながら働き続けた魚屋の態度に、女房の方が耐え切れなくなったのだ。女房は白状して「ああ、スッキリした」と心情を吐露した上に、「捨てないでよ」と号泣。「怖いから(酒を)呑んでおくれ」と押し付けるように飲ませる…。

 驚きましたね。ここに人情噺「芝浜」の「良妻」「賢妻」は見られません。「談志は女房を良妻ではなくて可愛い女にした」と書いたのは弟子の志らく師匠ですが、もはや「可愛い女」でもないでしょう。自分の嘘に耐え切れなくなって、早く嘘という荷を降ろそうとしている一人の人間がいるだけです。私は一生嘘を吐き通す方が、白状するより余程大変だと考えますから、心にズシリと響くこの人間像には大変共感するのです。
 家元のかつての「芝浜」が写実派だったとすれば、今回の「芝浜」は印象派で、全体のテンポも速くなっているのですが、それもこの女房のリアルな人間像を浮かび上がらせるための方法論なのかも知れません。70歳を過ぎて十八番である「芝浜」を敢えて変えるのも勇気が要りますが、それをズバリと成功させる凄みに酔い痴れ、終演後も呆然としてしまいました。
 乱暴な言い方をすれば、「お伽噺」のような人情噺を別次元に昇華させてしまったという点では、古典説話を純文学に昇華させた芥川龍之介に比定出来るかも知れません。

 一度閉じた幕を上げ、「また違った『芝浜』になりました。よく出来たと思います。一期一会。いい夜を有難うございました」
[PR]
by funatoku | 2007-12-19 08:22 | 落語 | Trackback | Comments(2)

立川談春独演会(11/30 大宮ソニックシティ小ホール)

立川こはる「真田小僧」 3月に「道灌」を見て以来ですが、随分上達していて自然に笑えました。まあ、子供の出る噺なので女流落語家向きとは思いますが、やはり成長するもんですね。前座の巧拙はここに書かないようにしていますが、ちょっと例外ということで。

立川談春「味噌蔵」 「朝潮(高砂親方)、バカですねえ」「亀田家、シェイクスピアが書くと『リア王』になる」などと、マクラは時事ネタから。さらに出たばかりの「ミシュラン日本版」に触れて、「あれはタイヤ屋が作った本で、元々車で行ける店を紹介していた…」などと説明していましたが、翌日に行ったラーメン屋で偶々読んだ週刊誌で福田和也氏(談春師のファンでもあります)がほぼ同じことを書いていました。さては福田氏がネタ元だな。
 落語家ミシュランを作ればどうなるか?「談志は70過ぎたら三ツ星から二ツ星になったとか」「今、三ツ星と言ったら志の輔兄さんは入りますね。あれ、俺が他人を誉めてるとおかしいかい?」「ファミレス部門には木久蔵、いっ平、正蔵…(笑)。俺と志らくは無星ですから」
「その代わり“客ミシュラン”もありますよ。京都と金沢は本当にやりにくい。“ふーん、談春さんね。東京で売れてるんだ”と上から見られている感じで」

 「味噌蔵」はケチん坊の主人吝嗇屋吝兵衛(しわいやけちべえ)の留守に、店の者たちがドンチャン騒ぎをしているところに吝兵衛が帰ってきたからさあ大変!というドタバタ劇。談春師が吝兵衛を好演すると、むしろこちらに感情移入してしまいそうになるわけで、余り談春師向きではないかも知れませんね、この噺。
 「何か近々悪いことが…」「里の人たちは気が触れてるんじゃ…」「何年ぶりかでおかずというものを…」なんていうトボけた台詞で爆笑。途中、通貨単位が円と両で混乱するという談春師には珍しいミスがあったりして(瑣末なようですが、江戸と明治では頭に浮かべる光景がまるで違います)本調子では無さそうでしたが、冬の雰囲気を出すのはお得意のところ。

立川談春「芝浜」 「接待されるようになりまして…」、今日の主催者(夢空間)にゴルフに連れて行ってもらった。「だから守屋派なんです」。しかし、自分で払わなきゃいけないと思って1万円渡した。「そうしたら5,500円お釣りがきました(笑)。何だそんなに安いコースだったのかと」

 談春師の「芝浜」は二年前に聴いていて、素晴らしい出来でした。どうしても、二年前の印象と比べながら聴くことになるわけですが、大きく噺の骨格を換えた部分は無さそうです。敢えていえば、芝の浜辺で顔を洗ったり、煙草を吸う場面が長くなっているあたりでしょうか。このあたりは、談志流に近づけたのかも知れません。
 ところが、後半になるにつれ、どうも主人公魚勝のキャラクター設定が前回と微妙に違うように感じられてきました。前回は「人間が変わったんだと思う」と言っていましたが、談春師は今回はっきりと「了見は変わらない」と言い切りました。魚勝の酒好きという了見は変わらないが、基本的には物事を考え込まない男なので、取り敢えず働き始めたというわけです。これは180度と言って良いほどの違いです。

 「芝浜」の女房は落語における「良妻の鑑」とよく言われます。しかし、私はこの女房が「金を拾ったのは夢だ」と魚勝に言い聞かせて、拾った金をお上に届けるまでは分かるのですが、一年後にその金が返ってきたのにもかかわらず、その後二年間も夫を騙し続けたのは随分嫌な女だなと思いますし、リアリティを感じられません。今回の女房は拾った金の件を夫に告白する段でも、どこかふてぶてしさがあって開き直ったり、冗談でしょうが「あなたがいなくても店は大丈夫」などと口走ったりします。
 私の疑問と談春師の疑問が同じかどうかは分かりませんが、「芝浜」を単なるお伽話では終わらせずに、リアリティを持たせるための葛藤が談春師にはあるのだと思います。ですから、二年前と今回では解釈が異なるわけですし、多分二年後に聴けばまた異なるのでしょう。当代の名手がこうして常に古典落語と格闘している姿は感動的でした。
 駅への帰り道で、初老の男性客が連れに「人情噺が云々」と力説しているのが聞こえました。確かに「芝浜」を人情噺というファンタジーとして聴きたい人には、ちょっと不満が残ったのかも知れませんね。
[PR]
by funatoku | 2007-12-06 01:21 | 落語 | Trackback | Comments(0)

立川志らく「第21回志らく百席」(11/1 横浜にぎわい座)

立川らく里「転失気」  立川ブラック門下で「ブラ汁」だったが、志らく門下に移籍して「らくB」。今年二つ目に昇進して改名。「前の名前が強烈で、今の名前を覚えて頂けない」。そりゃ、ごもっとも。

 マクラでオナラの話題をふってから本題へ。昔、寄席で最初にこの噺に当った時、私は「転失気=オナラ」と分からずに聴いていましたが、最近はマクラでヒントを与えておくものなのですかね。既に知っている現在でも、言わない方が緊迫感が出て面白くなるような気がするんですが、客層によっては予め言った方が良いのかも知れません。
サゲは「悪いことをしおって」「屁みたいなものだと…」

立川志らく「強情灸」  志らく師匠を見るのは7月の同期会以来で、私としては随分間が開いてしまったのですが、芝居の頃から痩せたままのようです。しかし、左腕が痺れているのだそうで、忙しいし余り体調は良くないそうです。
 今度、林家三平を継ぐことになった後輩の林家いっ平に、かつて「こぶ平を継げば?」と言ったら「いや、それは…」。「これで、三平とか小さんとか呼びつけに出来るわけです。あ、小さんは違いますけど」。根岸の三平宅に呼ばれた時に、うっかり(?)正蔵(こぶ平)の十八番(?)「子別れ」を演ってしまった。そうしたら打ち上げで三平一門の後援会の人が、「子別れでこんなに泣いたり笑ったりしたのは初めてだ」と話しかけてきて、それを海老名香葉子さんに聞かれてしまった(笑)。「それにしても、三平一門は酒の席で駄洒落を言うんですね。鴨鍋食べながら“カモンベイビー”なんて言ってる。立川流の打ち上げでそんなこと言ったら大変です」
 三笑亭夢之助師匠と手話通訳の問題に触れて「新聞に“天災”という大ネタと書いてありましたが、私なら18分です」そりゃそうですな。でもあれが「天災」だったとは知らなかったですね。志らく師匠も以前、打ち合わせで手話通訳をつけると言われたことがあるそうで、「絶対追いつけませんよ」と答えたのに「大丈夫です」というので当日見ていたら、案の定通訳が師匠の早口についていけずに慌てていた。通訳が「禁酒番屋」の「小便屋」をどう表現するのかと思ったら、股間に手を持っていったりして不思議な手振りになっていた(笑)。
 「赤福」は賞味期限切れでも大丈夫と何十年もかけて証明した。亀田兄弟坊主にしたら区別がつかない。「チャンピオン内藤選手はもう終わりですね。あんなガンジーみたいな顔をした人を誰も殴れませんよ」「でも、亀田父はまるで談志一門を見ているようでちょっと親近感があるんです」。立川流は立川談志を尊師とする宗教団体のようなもので、「私が上祐、志の輔兄さんが青山弁護士で、談春兄さんが早川被告(笑)」とすると、4人とも好きな私のようなファンはオウムシスターズか?(んなわけない)

 五代目柳家小さん師匠の「強情灸」は大して動いてないのに面白かった。「動き回る(春風亭)昇太兄さんや私は何なんだろう」などと振って本題へ。熱い風呂に入って我慢する江戸っ子という前フリの時点で、既に真っ赤になってハイテンション。エクソシストのような顔で熱い風呂に漬かっていますね。このテンションのまま灸の話に入る疾走感が心地良い。
アルマジロのように寝ている。皇居の周りをマラソン。焼夷弾。ロサンゼルスの山火事。(灸の形が)アイスクリーム。雲仙普賢岳のような火、「石川や浜の真砂は尽きぬども我泣き濡れて蟹と戯る」といった現代的なくすぐりと、江戸っ子の痩せ我慢に違和感がありません。サゲは「五右衛門はさぞ熱かったろう」

立川志らく「野晒し」  証人喚問を受けた守屋前防衛事務次官。「調べてもらったら、防衛省の規定では業者とのゴルフはダメなんですが、野球やサッカーはいいんです。こちらの方がよっぽど仲間意識が膨らみそうですが」。ゲームは人間をダメにする。朝、出かける時に奥さんがゲームをしていて、岩手で仕事をして深夜に帰ってきたら、まだやっていた。そう言う師匠も自分が登場人物になれる「ゴッドファーザーゲーム」に夢中になってしまった。「落語家ゲームというのがあればいいですね。上納金のある立川流には入門しないとか…」
 馬鹿番付。西の横綱は大食いで、東の横綱が鳩山邦夫法相(笑)。「ではなくて、釣り好き」「友人の友人はアルカイダって…、何しろ立川談志は友人が山口組幹部ですから。その人は私が会った一月後にフィリピンの海で死体になって浮いていました(笑)」

 「野晒し」は好きな噺なのですが、志らく師匠のはやはり速い。隠居と八公の会話場面からして「屍?あのピンサロの多い」「それは赤羽」、「人骨?昔の天皇」「それは仁徳」などとギャグの応酬。「ゴ~ン」という鐘の音まで「まるで一龍斎貞水先生のよう」。
「生きていても化け物みたいな女もいるんだから」化け物女でも構わない、と八公は野晒しを探しに釣りに出かける。このあたりのテンションの高い浮かれっぷりは志らく師匠の得意な世界。川辺の釣り人たちを見ての「スケベが揃ってんな」というセリフが可笑しくて仕方がない。釣りを始めても「(林家)こん平か」「世界の小沢(征爾)か」という賑やかさ。
 途中で終わることが多い「野晒し」ですが、このスピードなら八公は帰宅できます。八公が供養した野晒しは牛と馬だったというサゲなんですが、サゲはちょっと微妙…。

立川志らく「ちきり伊勢屋」  中入り後、「ただ今、8回で1-0で中日が勝っていまして」と嬉しそうに登場。志らく師匠は30年以上の中日ファンで、「長い噺なので上下に分けて、途中で楽屋に戻ろうかと」。「ちきり伊勢屋」は私は初めて聴く噺。「そのまま映画になりそうなので、キャスティングを想像しながらお聞きください」とのこと。

【駅前シリーズ】バージョン
伊勢屋伝二郎 フランキー堺
白井左近   森繁久弥
伊勢屋番頭  伴淳三郎
幇間一八   三木のり平
近所の商家主人 山茶花究
その手代   小林桂樹
長屋の大家  加東大介
質屋の内儀  淡島千景
質屋の娘   大空真弓
特別ゲスト(伊之助) 立川談志
【寅さん】バージョン
伊勢屋伝二郎 渥美清
白井左近   森川信
伊勢屋番頭  松村達雄
幇間一八   太宰久雄
近所の商家主人 笠智衆
手代     佐藤蛾次郎
長屋の大家  下条正巳
質屋の内儀  浅丘ルリ子
質屋の娘   倍賞千恵子
特別ゲスト(伊之助) 立川談志

 必ず当たると評判の易者の白井左近に来年二月に死ぬと言われた伊勢屋の主人伝二郎。亡き父の強引な金儲けの因果が回ってきたので、「残りの人生で施しをすれば、来世では浮かばれる」と左近に言われ、伝二郎は困った人たちに金を施して回る。最後にドンチャン騒ぎで自分の葬式をあげて、死ぬのを待ったが何故か死なない。大金を全て使い果たした伝二郎が困っていると、禁じられていた死相を見てしまったために落魄した白井左近に再会する。左近は伝二郎の死相が消えていて、八十まで生きると告げる。首吊りをしようとしていた母子を助けたので、運命が変わったのだ。左近に言われたように品川に向かい、旧友伊之助と駕籠屋を始めたが、やがて助けた母子と再会し、娘と結婚して伊勢屋を再興するという一席。志らく師匠の著書によれば、「落語的な見せ場である自分の葬式の場面を強調して演じるべき」とのこと。

 正直なところ前半部分では伝二郎の人間性が、もう一つよく伝わってきません。つまり、伝二郎本人は悪徳商人ではないので、「改心」して施しを始めるというわけではないのですね。一貫して商家のボンボンとしての行動であって、ここにはさほどの落差はありません。どうなるのかと思っていたら、後半一文無しになってからの伝二郎は途端に活き活きとし始めます。再会した左近に怒ったり、金も無いのに長命を宣告されて戸惑ったり、馴れない駕籠屋を始めたりとまるで体温が伝わってくるようです。ですから、聞く側としては母子との再会シーンに「良かったなあ」と思い入れ出来るわけです。
 再び成功した伝二郎が左近に「奇想天外の人生ですね」「いや、人相点眼鏡の人生です」というサゲ。
[PR]
by funatoku | 2007-11-02 19:01 | 落語 | Trackback | Comments(0)

落語教育委員会 柳家喜多八・三遊亭歌武蔵・柳家喬太郎三人会(11/28 中野zero小ホール)

(mixi日記から転載)
「落語教育委員会」は何度か続いているようだけど、私は初めて。

コント 喬太郎(医者)、患者(歌武蔵)、看護婦(喜多八)。この手のコントは喬太郎師の独擅場。そういえば、喬太郎師は若い頃に欽ちゃんファミリーの一員だったのですが、ツッコミやアドリブに“欽ちゃんの遺伝子”を感じるのは穿ち過ぎですかね。それも「コント55号」の頃の。
喬太郎「(喜多八に)院長、病院で(携帯)電話は控えてください」というオチ。

三遊亭歌彦「反対俥」 慌て者の人力車夫に振り回される噺。人によってオリジナルのくすぐりを入れたり、行き先を変えたりして変化をつけやすいネタ。前半で病人の俥に乗ってしまい、後半では郡山まで連れて行かれてしまう構成。上野駅まで戻ってきて、「何とか汽車に間に合った」「で、どちらまで?」「郡山だ」
全編膝立ちになって車屋を演じるので、「体重を落とさないとやりにくい噺」と書いていたのは喬太郎師でしたが、歌彦さんも途中で「10キロ落とさないと…」

柳家喬太郎「禁酒番屋」 まず、母校日大商学部のホームカミングデイに行って、「時そば」を演じた話、一人カラオケで最後に日大校歌を歌う話、昨日は武蔵小山で「子別れ」を演ったら後から友人にダメ出しを貰った話などの近況。近況報告風のマクラを続けて聴いたけど、こういうのは勢いとセンスの無い人がやると目も当てられないことになります。
禁酒令が出ている藩で、何とか番屋を通ろうとする酒屋と、その酒を巻き上げてしまおうとする役人というコントの王道のような設定。喬太郎師のコメディアンぶりが大いに発揮されます。菓子屋に化けた酒屋が包みを「どっこいしょ」と持ち上げたために酒とバレるのは五代目柳家小さんの演出だそうです。同行したマイミクたけちよさんによれば、酒屋が最後に「植木屋」を名乗る演出を見たそうですが、それだとやや品は良くなるけどサゲの馬鹿馬鹿しさが半減しますね。喬太郎師は「小便屋」と名乗ってましたが、上方では大便まで登場するサゲがあるそうです。そりゃちょっとやり過ぎ(笑)。
 たけちよ氏は終わってから「酒を飲みたくなりましたねえ」と言いましたが、これは意見の分かれるところでしょう(笑)。「小便屋」の場面で「これ以上やると、お客さんが帰りに飲めなくなる」と喬太郎師も途中で仰ってましたしね。

三遊亭歌武蔵「煙草の火」 「ただいまの協議についてご説明します」とお馴染みの第一声。「この半年、相撲ネタには事欠かなくて(笑)」、武蔵川部屋出身の歌武蔵師のところにも取材が来たそうです。贔屓筋のことを相撲界では谷町、役者は花(文字を分けるとヒイキになる)、落語家はお旦と呼ぶといったマクラを振ってから本題へ。上方ではポピュラーな噺らしいのですが、私は辛うじて題目を知っていた程度。
柳橋万八という料亭で豪遊した謎の老人の正体は、豪商奈良屋茂左衛門の兄だったという噺なのですが、巨体の主で朴訥な感じの歌武蔵師は豪遊ぶりに嫌味が無くて後味良くまとまりました。

柳家喜多八「宮戸川」 例によって“無気力”に登場。最初のコントを「どうせ私は立ってるだけで」なんて仰りますが、この師匠は立ってるだけでもオイシイところをもっていってる気もします(笑)。珍しく恋愛の噺を、と本題へ。
喜多八師は“ダウナー系”とでもいうべき脱力した芸風で、段々と近年の師匠小三治に似てきたような…。「宮戸川」のような色っぽい噺を、こういう人で聴くのはミスマッチの面白さがあります。サゲは「なれそめの一席で」。
[PR]
by funatoku | 2007-11-02 18:26 | 落語 | Trackback | Comments(0)

柳家喬太郎独演会(10/22 神奈川県民ホール)

座席が13列の13番。この席に座ってるとクリスチャンじゃないことがバレバレ。いや、バレてもいいんだけどさ。

柳家こきち「牛ほめ」

柳家喬太郎「うどん屋」 いきなり「何で来るんですか!柳家小三治独演会じゃないんです」。関内駅で後輩と待ち合わせてタクシーで楽屋口に乗り付けたら、「ごめん、こっちは大ホールだった」などと自虐ネタで場内を喬太郎ペースに巻き込む。横浜と言えば喬太郎師の出身地。「浮いているのに乗れない氷川丸、立っているのに入れないマリンタワー…」などと早速地元ネタ。「相鉄線。いいですね。何ていったって海老名ですからね(笑)。いや、海老名と言っても人名ではないのですが」「必ず出てくる弁当が崎陽軒。(現住所の)池袋でも買えるんですが」などと横浜ネタを連発。
 学校寄席で北海道に行ったら名寄→静内→弟子屈と大移動した。「知ってます?弟子屈」済みません、私知ってます(笑)。青森では三沢空港からタクシー2時間半で大湊。そして五所川原まで4時間かけてタクシー移動。「一龍斎貞水先生と二人っきりで(笑)。人間国宝に何かあったら私のせいになる」。その五所川原では食事代を1500円貰って、ホテルの前のバス車体を利用したラーメン屋に行ったが、足らないので更に「一強」というコンビニ(?)でおにぎりを買った。と、ここで羽織を脱いで、コンビニおにぎりとパリパリ海苔を実演してみせる。こんな羽織の脱ぎ方は見たこと無いなあ(笑)。翌日、青森空港で飛行機に乗ったら偶然三遊亭円窓師匠の隣席になってしまった。
 一応記録も兼ねてネタを並べてみたのだけど、話術で笑わせているのでちょっと雰囲気は伝わりにくいかなあ。「バスラーメン」の寂れた様子を細かく描写しておいて、「翌朝見たら、そのバスが走り去っていた」なんていうのは、書くとどうということはないけど、現場では爆笑ものなのだ。ちなみに調べたら「バスラーメン」も「一強」も実在していた。
 マクラだけで既に30分以上。ようやく本題に入ったかと思いきや、「三遊亭白鳥兄さんが」とまた脱線。落語を知らないことで有名な人だが、「時そば」を演ろうとしてリアカーを引く仕種をしたとのこと。「リアカーあったんだ」
 本題に入ると、むしろ細かいギャグは入れないオーソドックスな演出。うどん食べる仕種の旨そうなこと。

柳家さん弥「くしゃみ講釈」 そんなに派手な噺ではないのに、この人は過剰演技でドタバタ劇に仕立てる。ただ、主人公のうち片方の忘れ癖がちょっと病的過ぎて私は躓いた。「こんなに忘れっぽいのは不自然だろう」と。まあ私も相当忘れっぽい方ですがね(笑)。こういう人物造型は結構重要かも。

柳家喬太郎「文七元結」 マクラで三道楽に触れて、「侘び、さび、萌え」などと笑いをとって、早々に本題へ。古典落語二席だけというのは、私は喬太郎師の独演会では始めてかも知れない。大抵古典一、新作一だったけど、最近変わってきてるのかなあ。
 店の金を無くして身投げをしようとしている小僧に、吉原に娘を売ってようやくこしらえた五十両をあげてしまう博打好きの江戸っ子職人。正直なところ現代ではリアリティは無いと思う。大ネタなので、ベテランがやればそれなりに格好はつくんだけど、聞いてる側はもう一つ入り込めないのである。
 喬太郎師の「文七元結」は結構笑いの部分が多い。「仕立て屋の美い坊か?」「これでうどんでも買ってきなさい」などと前のネタに絡むところは得意のところ。職人の服装を眺めながら「変わったなりなんで…」と、普通の会話でも演技力で笑わせられるのが強み。更に、文七が「おひさ」思い出せなかったので、「お」のつく名前を挙げている場面で携帯電話が鳴ったのだが、「お電話」などと即興で笑いにつなげてペースを乱されないのは凄い。
 そして、職人が五十両を上げるかどうか悩むクライマックスの場面では、意識的に笑い減らしているのである。全体を笑いで引っ張って、肝心な場面はじっくり聴かせる緩急の絶妙さには感心するばかり。時の経つのを感じさせなかった。もう喬太郎師の十八番と言っても良いのではないですかね。
[PR]
by funatoku | 2007-10-28 00:01 | 落語 | Trackback | Comments(0)

1978年のツービート

mixi日記からの転載です。

 この手のものの整理が悪い私にしては珍しく、30年近く前の寄席のプログラムが見つかりました。東宝名人会というのは有楽町の東京宝塚劇場5階にあった寄席です。

東宝名人会 昭和53(1978)年8月上席(1~10日)
盛夏おたのしみ特別番組

声帯模写   片岡鶴太郎
漫才     ツービート(ビートたけし ビートきよし)
フレッシュ二人  橘家六蔵 橘家竹蔵
モダン浪曲  神ブラザーズ
落語     川柳川柳
漫才     大空みつる・ひろし
民謡めぐり  黒田幸子一行(幸文・幸夫・清子)
落語     橘家円蔵

~休憩~
落語     柳家さん助
太神楽曲芸  鏡味仙寿郎・柳家とし松
落語     三遊亭金馬


 私は80年頃の漫才ブームの前からこの寄席でツービートを見てファンになっていたのですが、この時に実際に見たのかどうかは判然としません。というのは、東京宝塚劇場のエレベーターに「ツービート休演のお知らせ」と貼り紙があって、初めて見る「ツービート」という芸名を、ジャズ好きの私は「洒落た名前だな」と思ったことをハッキリ記憶しているのです。それがこの時だったのか、或いはこの時には見ることが出来たのか…。後年、たけしが書いた本によれば、ブレイク前夜の売り出し期であったこの頃、寄席を何度もサボったりしたようです。まだ漫才のスタイルを試行錯誤していたのかも知れませんが、私には既に漫才ブームの頃のスタイルを確立していたような印象があります。

 三遊亭圓生一門が落語協会を脱退する大騒動はこの年の5月のことで、三遊亭さん生は圓生一門を離れて落語協会に残留し、名を川柳川柳に改めます。以前、ブログに書きましたが、子供の頃初めて寄席に行って一番印象に残ったのがさん生さんの「ガーコン」だったんですね。名は変わっても芸風が全く変わらないので喜んだ記憶があります。
 この橘家圓蔵は、今の「ヨイショっと」「エバラ焼肉のタレ」の圓蔵ではなくて、その師匠である先代です。この方も弟子の月の家円鏡(今の圓蔵)と林家三平を引き連れて圓生師匠と行動を共にするはずだったのですが、結局協会に残留することになりました。

 片岡鶴太郎は全く記憶がありませんね。具志堅用高や浦辺粂子といった後年のような物真似ならかなり印象に残りそうなものですが、或いは入場が遅くて間に合わなかったのかも知れません。
 「フレッシュ二人」という意味がよく分かりませんが、若手の交替出演のことでしょうか。橘家六蔵は現在の林家かん平。トリの金馬師匠はテレビでお馴染みでしたね。
[PR]
by funatoku | 2007-08-12 16:00 | 落語 | Trackback | Comments(0)

特選落語名人会(5/7 東京国際フォーラムCホール)

1500席もある音楽ホールが落語向きだとは思えない。その上、この日の座席は三階席の2列目。3列目には人がいなかった(笑)。高い山から谷底を覗くと座布団に座ってる男の頭部が見えているという状態。

三遊亭歌ぶと「道具屋」 歌武蔵師の弟子とのこと。

春風亭小朝「浜野矩随」 最初に全日空云々と話し始めたのだけど、しばらく何のことを喋っているのか分からなかった。調べたら高知空港で全日空機が胴体着陸したのは3月13日。微妙に話題が古い。このズレに、嘗てはマクラで客席を沸かせた小朝師の時代感覚のズレを読み取るのは穿ち過ぎか。歌舞伎界と落語界を比較するマクラは聴いたことがある。客も着飾ってくる歌舞伎と、そうではない落語、とか。マクラは新ネタである必要はないのだけど、小朝師は新しさで売った人だけに、ちとツライところ。
「浜野」は私が苦手な噺。彫金名人の浜野矩安の息子、矩随(のりゆき)は親に似ない不器用で、河童を彫ったら狸のようになってしまったという腕前。父の代から贔屓にしてくれた若狭屋からも見放されてしまう。そこで母親に叱咤されて、精魂込めて観音像を作り、若狭屋からも認められたが、帰宅してみると母親は自害していた。その後、名人となった矩随の若き日の出来事。
円楽師の得意噺だが、小朝師は臭くなり過ぎない程度に笑いも交えて粋にまとめてみせた。
でもねえ、下手糞が三日三晩徹夜しても名人にはならんでしょ。それに息子が傑作を作ったことを喜びながらも母親は何故死を選ぶ?「身代わり」ということだと頭では分かるんだけど、現代これをリアルに描くのは難しい。やっぱり苦手だなあ、私は。

林家たい平「明烏」 ニッポン放送の仕事を終えてから神宮球場にかけつけて斎藤佑樹くんの登板を見てきたことなど軽くふってから本題へ。
たい平師は廓噺や人情噺だと、余りギャグを入れないでサラリと演じることがある。今日はどうなるかと思ったが、「二十歳といえば松坂が二億円稼いでいた頃」なんてギャグが出てきたのでひと安心。「中継ぎ岡島」「フランス大統領選」だの時事ネタを効果的に散りばめつつ心地よいテンポで噺を進めた。廓の婆さんが、何故かドラえもんの大山のぶ代で(笑)、「どこでも扉」なんて余り必然性は無いギャグだけど、粋に収まっているよりこうやって笑いを取りにくる方が嬉しい。「開けるなよ。その戸棚には(桂)文楽師匠の甘納豆が入ってるんだから」というギャグで、有名な場面をスルーしたのにも吹き出した。まあ、確かにあの甘納豆にも必然性は無いけどね(笑)。

立川談春「妾馬」 「浜野矩随、明烏と続いて何をやればいいのか。俺だけを知らないお客さんも多いのに、俺がトリってのはイジメですね」なんてボヤいてみせる。三階席には驚いたのか、「“夢空間”が東京国際フォーラム押えました、って言ってきたんだけど」そもそも落語には広過ぎると主催者批判(?)。こういう時の談春師は気合は入ってるんだよねえ。「今日は三階席に向けて演る」なんて嬉しいことを言ってくれるが、これは結果としては必ずしもギャグではなかったのである。
談春師の「妾馬」は3月の浦和以来なのだけど、前回の「妾馬」が凄かった。長いマクラで少年時代を語りながら母親に悪態をついていて、いつの間にか自分と八五郎のイメージを重ね合わせるという手品のような出だしで、あとはもう客を掌で転がすように笑わせ、泣かせる迫力の一席で、あれこそCD化して欲しかったと思う。今日は時間の関係かさすがにあのマクラは省略されていて、早々に八五郎登場。前回に比べると、がさつ者というよりは「お世取り=みみずく」や「椎茸昆布」のギャグを強調していて、粗忽者の気配が強いのである。そう思って見ると、どうも全体的に仕種も浦和の時より大きくて、本当に三階席にも向けて話しているのだと気づいた。これには感動した。お座敷でも大ホールでも同じ落語を演るのが名人なのか、変えるのが名人なのか。前のお二人は表情で笑わせている(であろう)部分が多かったが、この日談春師だけが距離を感じさせなかったのである。
この日の「妾馬」をCDにすると、浦和の時に比べるとやや脂っこく感じる部分があるかも知れないけど、「やる度に上手くなってる」などという解説は間違ってない(笑)。
それにしても談春師の「ガラッ八」はいいなあ。赤井御門守と仲良くなったのも分かるなあ。
[PR]
by funatoku | 2007-05-10 22:12 | 落語 | Trackback(1) | Comments(1)