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相撲“稀少技”とプロレス技の関係序説

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「知らなかった相撲の決まり手ランキング」
 特に相撲ファンではない私も知らなかった技が多いのですが、一部は知っていました。そして説明図によると見覚えのある技が少なくないようです。
 私はプロレスファンなので、プロレスのリングで時折見かけるのですね。
 日本のプロレスの祖・力道山は関脇でしたし、馬場・猪木時代にも角界出身レスラーは多かったのですが、最近では天龍源一郎(前頭筆頭)、田上明(十両・玉麒麟)、安田忠夫(小結・孝乃富士)などがいるものの、すっかり少数派になってしまいました。
 とはいえ、プロレスには相撲の遺伝子が今でも生きているようなので、相撲の稀少技とプロレス技の関係を少し見てみましょう。

1 ずぶねり
2 撞木反り(しゅもくぞり)
3 伝え反り
4 波離間投げ(はりまなげ)
5 小褄取り(こづまとり)
6 褄取り(つまとり)
7 後ろもたれ
8 居反り(いぞり)
9 徳利投げ(とっくりなげ)
10 たすき反り
11 渡し込み
12 網打ち
13 素首落とし
14 ちょん掛け
15 掛け反り(かけぞり)
16 合掌捻り(がっしょうひねり)
17 三所攻め(みところぜめ)
18 櫓投げ(やぐらなげ)
19 二枚蹴り
20 大逆手(おおさかて)
21 呼び戻し
22 割り出し
23 外無双
24 裾取り(すそとり)
25 腕捻り(かいなひねり)
26 極め出し
27 河津掛け(かわずがけ)
28 巻き落とし
29 掛け投げ
30 引っ掛け

1の「ずぶねり」は横綱双羽黒こと北尾光司が、プロレス転向前に必殺技だと東京スポーツ紙上で語っていたことがありましたが、結局プロレスのリングでずぶねりが話題になることはありませんでした。相手の胸に頭をつける体勢は、北尾のような長身選手には却って不利という気もします。
2の「撞木反り」はバックフリップですね。田上明が若手の頃によく見せていた他、新日本の蝶野正洋も得意技にしています。
4の「波離間投げ」は敢えていえば、サイドスープレックスの体勢に近いかなあ。ただサイドスープレックスは胴をホールドして相手を背中から落とすように後方に放り投げます。アマレス出身のジャンボ鶴田が時折見せていましたね。
5の「小褄取り」の体勢から自分から倒れこむようにして、捻りを加えればドラゴン・スクリューで藤波辰爾の得意技として有名。95年の新日本・Uインター対抗戦で、武藤敬司が高田延彦に決めた一発は歴史に残る名場面でした。
6の「褄取り」はアマレスではよく見かけますし、プロレスでもこの体勢から逆エビ固めに持ち込んだりしますね。
7の「後ろもたれ」のように、バックを取られた選手が相手をコーナーポストに押し込んだりするのもよく見る光景。
8の「居反り」は初代タイガーマスク(佐山聡)のライバルとして知られた小林邦昭が82年に初公開したフィッシャーマンズ・スープレックス。その後も小川良成などジュニアヘビー級の選手がよく使うイメージがあります。
9の「徳利投げ」は首投げに近いのかなあ。プロレスで相手を横にする場合の定番ですが、こんなに正面からきれいに決まることは滅多にありません。大相撲出身の力皇猛(前頭・力櫻)が「合掌落とし」と称している技がこれに近いようです。
10の「たすき反り」は2に似ていますが、この体勢はアマレスの「飛行機投げ」に近いですね。馳浩(現・衆院議員)、中西学などアマレス出身の選手がこのムーブを見せます。このまま横に倒れこみ、相手の頭部にダメージを与えれば、デスバレー・ボムになります。
11の「渡し込み」は片足タックルというアマレスの基本技。ボクシングの亀田大毅がこの技をチャンピオン内藤大助に仕掛けて反則負けしたのは記憶に新しいところです。
12の「網打ち」は相手の腕関節を極めて投げているようなので、アームロックと言えるかな。合気道あたりにありそうな技です。
13の「素首落とし」は後頭部へのエルボードロップですが、危険過ぎるせいかプロレスラーはこの体勢では余りやりませんね。ボクシングでも後頭部へのパンチは禁止のはず。相撲の危険さが現れている技と言えるかも知れません。
16の「合掌捻り」はベアハッグの体勢に似ています。プロレス界ではベアハッグは相撲の「さば折り」がルーツと言われていますが、形としてこちらの方が近いですね。ベアハッグはこのまま投げずに締め上げてギブアップを狙い、ストロング小林、北尾光司など怪力レスラーが得意としていました。
18の「櫓投げ」は相撲でも柔道でもありそうです。相手の股に足を差し入れて持ち上げるというのはプロレスでもある動きで、ドリー・ファンク・jrがロープを利用しつつジャイアント馬場にこれを仕掛けて場外に落として骨折させてしまったことがあります。
19の「二枚蹴り」は柔道の支え釣り込み足らしいですね。柔道出身の選手は無意識にやってそうです。
21の「呼び戻し」は大相撲出身の大黒坊弁慶(十両・花嵐、本名・小谷一美)の得意技。プロレスのフロント・スープレックスでもこのような体勢になる瞬間はあるのですが、後ろ反り投げなので投げ方が異なります。
23の「外無双」はアマレスにもある技で、アマレス出身選手は当然使いこなします。
25の「腕捻り」は“鬼嫁”北斗晶の旦那としても有名になった佐々木健介の「逆一本背負い」に似ているように見えますが、もう一つ自信がありません。滅多に見れませんが相撲にも「一本背負い」という決まり手はあるのだそうです。
26の「極め出し」は相手の前から両腕を抱え込んで関節を極めているように見えますが、この体勢から相手を自分の後方に投げるという荒業を見せたのは豊田真奈美で、「フロント・フルネルソン・スープレックス」という名がついていました。若い頃の豊田はあらゆる体勢から投げをうっていましたね。UWF時代の鈴木みのるも似た動きを出したことがあるそうです。
27の「河津掛け」はジャイアント馬場の得意技で、自らも倒れこみながら相手の後頭部に確実にダメージを与えていました。最後は16文キックでフォールを取ることが多かったのですが、晩年にはその前に出す河津掛けが、実質的なフィニッシュホールドになっていたと言えるでしょう。
29の「掛け投げ」は柔道の内股で、プロレスでも四つに組んでから見られる基本動作と言えるでしょう。
30の「引っ掛け」はプロレスでよく見る「相手をロープにとばす」体勢に似ていますね。
(写真左:マイク・ロトンドのバック・フリップ。写真中:太陽ケアのフィッシャーマンズ・スープレックス。写真右:アントニオ猪木の河津掛け)

 このようにプロレスと相撲の動きは重なる部分があるのですが、相撲技が今でも「決め技」になっている例は多くないようです。理由としては、相撲では相手を横にすれば試合が終わりますが、プロレスではそこから攻防が始まるという競技の違いが挙げられます。プロレスラーは投げられるのになまじ抵抗して怪我するより、素直に投げられて次の攻防に備えることが多いのですね。受け身はプロレスラーの見せ場の一つでもあります。
 しかし、私は誰か相撲技をプロレスの必殺技として甦らせてくれないかなあと思っているのですよ。「合掌捻り」だの「三所攻め」だの名前がいいじゃないですか。90年代に「相撲軍団」という覆面レスラー軍団が現われて(現・大黒坊弁慶らが所属)、相撲技を決め技にしたことがあったのですが、それだけはもたなかったのか、程なく割と普通のパワーファイターにスタイルを変えてしまいました。
 プロレスは総合格闘技に押されて退潮気味ですが、原点である相撲を見直すことが、また新たな展開へのヒントになるような気がしてならないのです。


知らなかった相撲の決まり手ランキング
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=387262&media_id=45
日本の国技大相撲。2007年は横綱・朝青龍の帰国問題など、ワイドショーネタとして取り上げられることもありましたが、間近で見ると力士の迫力や繰り出される技に圧倒される競技であることに変わりはありません。「突き出し」や「押し出し」といった聞きなれた決まり手も含めて、現在では日本相撲協会が82の技名と技でない決まり手5を認定しており、相撲の奥深さを改めて感じます。多くの決まり手の中でも「知らなかった」という人が多かったものは、《ずぶねり》《撞木反り》《伝え反り》などでした。(後略)b0058309_23184582.jpg
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by funatoku | 2008-01-22 23:18 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(0)

「点と線」(11/24,25 テレビ朝日)

「見た?『点と線』」
「見たけど……」
「あれ、微妙な顔してるな。好きだったじゃない、『点と線』。君がビートたけしを好きというのはよく覚えてる。ひところ喋り方まで影響受けていたしね」
「そうなんだけど、あれが高視聴率というのはどうかと思ってさ」
「どういうこと?」
「ビートたけしって人は役者としての抽斗が多いタイプではないでしょ。何をやってもビートたけし、何をやっても木村拓哉、何をやっても福山雅治…」
「…おっと、どさくさ紛れに、よその悪口言ってないか?炎上するぞ、ここ」
「いや、タイプの分類としての話さ。たいてい主役しかやってないんだよね。主役じゃない場合も主役を食っちゃって、もはや脇役とは呼べないような役柄ばかり。これは演技力というより、個性の強さでしょ。たけしは狂気、異常性を持った役を演じるととても迫力があるけど、逆に言えばそれしか無いわけ」
「うーん、そういえば…」
「5年前にやはりテレビ朝日で松本清張『張込み』をドラマ化した時にも、ビートたけし演じる刑事が異常な迫力で犯人を追い詰めた挙句、射殺されてしまうという原作には無い結末になってるのよ」
「そうだったね」
「普通に追えば普通に逮捕出来るのに、何故追い詰める?追い詰められれば犯人だって暴発もするさ。アホだよ、それじゃ。たけしにこんなアホをやらせたのは誰だと言いたくなったなあ」
「監督か、脚本家か、プロデューサーなのか…」
「テレビ朝日にはそういう“前科”があるから今回も心配してたんだよ。やたらと前宣伝に力が入ってたけど、あの局の場合は力が入れば入るほど珍妙なものを作ってしまう傾向があるしさ…。で、心配が的中したみたい」
「開局50周年記念なんだって。でも、どういう風に珍妙だったの」
「原作では主役は鳥飼重太郎じゃなくて、三原紀一なんだよね。そもそも二人は一回しか会ってない」
「まあ、原作通りにやるとは限らないんじゃないの」
「それにしたって、職場放棄して勝手に夜行列車で東京に来ちゃうってのは強引過ぎるよ。そんな奴があの年齢まで警察という官僚組織に勤められたとは思えない」
「上下関係が厳しそうな役所だよね。だから元軍人という新しい設定にしたのかな」
「軍人ならますます単独行動は軍法会議ものだよ。それによその職場である警視庁に来て、怒鳴りあうわ、挙句につかみ合いの喧嘩までおっぱじめるなんて、もはや頭のネジが緩んだオッサンにしか見えないぞ」
「喧嘩したあと仲良くなるってのはテレビドラマの定番だよな」
「青春学園ドラマじゃないんだから『点と線』では必要無いでしょ、そのパターン。何でも定番やらないと気が済まないのは演出家の思考停止だよ」
「実際の大人の喧嘩はもっと陰湿かもね…」
「ビートたけしという大物を使うから取り敢えず主役にする。主役にするから個性を出させよう。たけしの個性は凄みと狂気だろうということで、結局、あんなおかしな役柄になっちゃうんだよ。もう悪循環だね。たとえば鳥飼刑事を原作通りの抑制の利いた人物にしても、たけしの凄みは滲み出てくると思うんだけどさ」
「“秘すれば花”とも言うしね」
「鳥飼の戦争体験、あれ必要かね?別の話だろうに。それに鳥飼の娘やおときの母やら、悪徳政治家やらサイドストーリーをてんこ盛りにした挙句、本筋のストーリーが訳分かんなくなってたでしょ。5時間も必要無くて半分で済むのに、時間が余ったもんで色々と厚化粧させちゃったんだね」
「セットやCGや配役には随分お金かけたみたいだけど、演出まではお金が回らなかったのかな」
「脚本や演出のお金をケチったわけじゃないでしょ。むしろお金貰って張り切ったら厚化粧になっちゃったわけだからセンスの問題。ところで、君はあのドラマをどう見たの?」
「最初、ミステリーだと思って見てたんだよ」
「ミステリー…でしょ」
「そしたら、一向に謎が解決しないじゃん。あ、これSFだったんだって」
「SF?」
「例の東京駅の4分間のトリックの場面だけど、昭和32年にはまだブルートレインって無いんだよね。青い車体の寝台車が登場したのは翌年の33年からなんだよ」
「そっちかよ。撮影に使える古い車両が無かったんだろ」
「それだけじゃないよ。あの場面の横須賀線や東海道線の車両の側面に方向幕があったでしょ」
「『小田原』『横須賀』とか幕が回転するやつね」
「あれが一般化したのは昭和50年代以降だぜ。昭和32年なら行き先を書いたサボという金属板を電車の側面につけるのが普通だね。ちょっと調べれば分かるのに、敢えてああしたということは、あれはこの世の列車ではないということを意味してるんだよ。全てまぼろしの列車なんだよ」
「おいおい、それでSFかよ…」
「まだあるよ。おときの遺品を整理している場面で、一番上にある本は有吉佐和子の『恍惚の人』なんだ。あれが出たのは昭和47年で、15年も先のことなんだぜ」
「アンタどこ見てるんだよ」
「つまり、おときは未来から来たタイムトラベラーだったわけさ。“とき”なんていかにもな名前だし。でも、未来人の癖に自分が殺されちゃうことすら分からないとか、どんだけ間抜けなんだよ」
「未来人なら逃げられそうだけどね。しかし、『点と線』がSF扱いされるとはなあ」
「タイムマシンがあったら、清張先生が怒りに来るね」
「だからSFじゃないっての」
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by funatoku | 2007-11-28 17:59 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(0)

甲子園のコンバットマーチの歴史は? ~極私的考察~

(mixi日記からの転載)

 甲子園の高校野球を見ていると、或いは聞いているとブラスバンドの応援が耳に残りますね。見終わっても頭の中でずーっとコンバットマーチが鳴り続けている感じ。
 でも、聞いていてちょっと不思議な気がしてきました。
「ポパイ・ザ・セーラーマン」「海のトリトン」「狙いうち」(山本リンダ)、「サウスポー」(ピンクレディー)、「燃える闘魂(イノキ・ボンバイエ)」(アントニオ猪木のテーマ)、「ハイサイおじさん」(喜納昌吉)、「ひみつのアッコちゃん」「宇宙戦艦ヤマト」「アフリカン・シンフォニー」…。吹いている高校生たちはオリジナル曲が流行った頃を全く知らないわけですよねえ。

 今のようなブラスバンドによる応援というのは一体いつ頃成立したのでしょうか。これは当時の映像が残っていれば一目瞭然ですし、恐らく研究されている方もいらっしゃるとは思うのですが、資料が無いので私はうろ覚えで書くことにします。嚆矢である早稲田大学のコンバットマーチが作曲されたのが1965(昭和40)年だそうですから、先に大学野球で応援にブラスバンドを使うようになっていたと思いますが、甲子園では70年代後半に一気に流行ったような記憶があります。つまり、73年に甲子園を沸かせた江川卓投手(作新学院高校)のバックではブラスバンドは鳴っていなかったが、80~82年に大人気だった荒木大輔投手(早稲田実業)はブラスバンドが鳴らない甲子園を知らないと思うのですね。その間のどこかで急速に普及したのではないでしょうか。

 私は高校時代に吹奏楽をやっていましたが、入学した頃は管楽器による応援をするという発想がまだ周囲に余りありませんでした。ところが3年秋の体育祭では私はトランペットでコンバットマーチを吹いていました。そもそも私はクラリネット担当だったのですが、音が小さくて応援には不向きなので、音のデカいトランペットを即席で吹いたのですね。木管楽器と金管楽器は発声法からして違いますから、一体どういう音を出していたのやら、うすら寒いものがありますが(笑)。私のいたクラブは全く少人数のバンドでしたし、甲子園を目指す硬式野球部もありませんでしたから、応援についても他地域と時差があるかも知れませんが、ともあれ“急速に普及した”という印象は残っています。
 だから、私たちの年代がリアルタイムで知っている選曲が多くなるのではないでしょうか。例えば「アフリカン・シンフォニー」は「ハッスル」で知られるヴァン・マッコイ作曲で、インストゥルメンタル曲では珍しく70年代のヒットチャートを賑わせました。当時、高校生のブラスバンドでも大変に人気があった曲なので、あれを応援に使うというのは非常によく分かるんですね。金管主体の威勢のいい曲だし、普段の練習をそのまま応援に使えますし。
 でも三十年近く経っているのに、まだ同じ曲を吹いているというのはどうなのかなあ。 聞いてる私たちは懐かしくて思い入れがありますが、今の子は最近の曲を吹きたいんじゃないかなあと、ちょっと心配してしまいます。

 という日記を書いてから調べたら、何とこんな記事を発見しました。
 当欄でも紹介した高校野球の応援歌ばかりを集めたCD「ブラバン!甲子園」が売れに売れている。6月27日の初回出荷わずか1000枚からスタートしたが、甲子園が盛り上がるにつれ、売り上げもうなぎ上りで、今月14日までに、7万枚を突破。発売元のユニバーサル ミュージックでは「甲子園の開幕中に10万枚はいける」と鼻息が荒い。(略)
 このCD、中身の方はおなじみの夏の高校野球テーマソング「栄冠は君に輝く」をはじめ、「暴れん坊将軍」や「とんぼ」「蒲田行進曲」「サウスポー」「狙いうち」「必殺仕事人」「さくらんぼ」「燃える闘魂」など、高校野球のスタンドで演奏されるブラバン人気曲を30曲厳選。
 吹奏楽団としては国内トップクラスの「東京佼成ウィンドオーケストラ」の華麗な演奏で収録した。
 「楽譜は、全国800万人のブラバン高校生の8割が使っているスコアとまったく同じ。プロの演奏で聞きたいというブラバンファンの期待に応えた本格的なクオリティが売り上げに結びついた」(ユニバーサル ミュージック担当者)
(後略)引用終わり

 これは出てみれば今まで無かったのが不思議なくらいのCDですね。「ミュージックエイト」という高校生が使う一番ポピュラーな会社の楽譜を、トップクラスの吹奏楽団がそのまま吹いているのもミソで、私も聴いてみたくなってきました。恐らく吹奏楽経験者だけでなく、高校野球ファンにも楽しい曲ばかりだと思います。
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by funatoku | 2007-08-26 22:10 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(2)

天国ではまだ「お呼びでない!」我がヒーロー・植木等の死

(mixi日記から転載)
クレージーキャッツの植木等さん死去
 映画「無責任」シリーズなどで知られ、歌手としても活躍した日本を代表するコメディアンの植木等(うえき・ひとし)さんが27日午前10時41分、呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。80歳。(後略)

学生時代、クレージーキャッツの映画を見まくっていた時期があります。月に一回土曜の夜になると、浅草の映画館にクレージー映画オールナイト五本立てを見に行きました。私は映画を一人で見に行くタイプなのですが、後年大学の友人に久しぶりに会ったら、私が彼らを浅草に連れて行ったと言われて驚いた事があります。別の女友達数人にはクレージー名曲集をダビングして配ったこともあるそうです。
って、クレージーキャッツ教の折伏してたのか、俺(ちなみに、そのうち一人は今の旦那との最初に出会った時の会話がクレージーキャッツだったとか。折伏成功?)。
落語、映画、芝居などの趣味に友人を誘い込むことが殆ど無かった私としてはかなり異例の事態で、いかに当時クレージーキャッツに惚れ込んでいたかということでしょう。

私は十代の頃から隠居志願というヒネたガキでしたが、この頃は「植木等みたいなサラリーマンにならなってもいいかなあ」などと考えたこともあります。植木等さんが私にとっての心のヒーローだった訳です。まあ、隠居も植木等もなかなか叶いませんが、今でも見果てぬ夢ですねえ。

もっとも素顔の植木さんは古風で実直な人柄で、最初は「スーダラ節」を歌うのも嫌だったのだとか。本人は真面目なのに、傍から見ると面白いという天性の喜劇人だったのでしょうね。
俳優としては円熟への道を歩みましたが、権威的なものとは無縁の洒脱な姿勢を最後まで保っておられたように思います。
心よりご冥福を祈ります。
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by funatoku | 2007-03-28 10:06 | テレビ・ニュース | Trackback(1) | Comments(5)

児島玲子に最強の刺客登場

(MIXI日記3/10から転載)
テレビ東京「釣りロマンを求めて」のレギュラー出演者・児島玲子(32・左)。
グラビアアイドル出身、長身でスポーツウーマンタイプの児島さんですが、97年に当番組に登場するや、釣りに対する真摯な取り組みぶりと、先輩釣り師への謙虚な態度が釣りファンの絶大な支持を得て、10年もの間レギュラーの座を守っています。
しかし、やはり10年の歳月は余りにも長かった。年齢?いえいえ、そんなことではありません。元々運動神経が良い彼女が10年も真剣に釣りに取り組んだため、大半の視聴者より上手くなってしまったのです。最近は番組HPに「日本を代表する女性アングラー」などと紹介されていますが、あながち誇張では無さそう。釣り趣味も専門化していて、これだけオールラウンドで経験積んでる人はそんなにいないとも。ぶっちゃけると、「お嬢さん、おじさんが釣りを教えてあげようか。ウフフ」というオジサマ達の妄想の対象にはもはや当てはまらないのですね(ホントにいるのか?そんな奴)。

さてそこに現れたのが永浜いりあ(25・右)。ミニスカポリス出身で、「開運!なんでも鑑定団」のアシスタントを務めている永浜さんが、最近ぽつぽつと「釣りロマ」に登場するようになったのです。初心者ながら「私、分かりませ~ん」的なやっつけ仕事感は全く無く、先輩釣り師の教えを受ける態度は真剣そのもの。本人のプロフィールにも「特技:釣り」となっており、このジャンルに賭ける意気込みが伝わってきます。不動の「釣りアイドル」の座を誇ってきた児島さんへの最強の刺客と呼ばれる所以です。

昨年最後の放送では珍しく二人が東京湾で共演しました。二人の間にバチバチと火花が飛ぶ…なんてことはありませんでしたが、殊更“お姉さん的”に振舞う児島さんを見て、改めて時の流れを感じた視聴者は私だけではないでしょう。今年も土曜6時の「女の戦い」(?)から目を離せません(しかし、釣りをやらないのに見てる私もどうなのか)。

(追記:今日の放映では児島さんと永浜さんがパラオでルアー釣りをしていました。ナレーションでは「『釣りロマン』女子部の先輩後輩」と紹介されましたし、永浜さんのレギュラー入りと見ていいでしょう。指導役に回った児島さんの奮闘振りは見ものでしたね。ルアー投げる距離などはかなり差があるようですが、さて今後どうなるでしょう。)
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by funatoku | 2007-03-24 12:46 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(2)

知りたいあなたのための「越中詩郎」入門

リクルートの週刊誌「R25」今週号にプロレスラー越中詩郎の記事が掲載されています。
お笑い芸人・ケンドーコバヤシが物真似したことで、プチ越中ブームが来ているのでしょうか?

越中詩郎は1958(昭和33)年、東京生まれ。78年にジャイアント馬場率いる全日本プロレスに
入団しましたが、若手時代の85年にアントニオ猪木率いる新日本プロレスに移籍しています。
これは二大団体の寡占状態だった当時としてはかなり珍しいことと言えるでしょう。
越中の選手生活のピークは2回ありますが、最初のピークはこの移籍直後に来ます。
当時の新日本では前田日明や藤原喜明らがより格闘技色の強いプロレスを打ち出していましたが、
この一派で売り出し中だった高田延彦のライバルとして白羽の矢を立てられたのです。
当初、越中は高田のムエタイ式キックに対応出来ずにサンドバッグ状態にされますが、
このまま引き立て役では終わらないところが非凡なところで、高田のキックを逃げずに正面から
受けまくることで注目を集め、二人の対戦は名勝負数え歌と呼ばれるドル箱になったのです。

越中の第二のピークは木村健悟、小林邦昭らと「平成維震軍」を結成した90年代です。
木村は藤波辰巳のライバル、小林はタイガーマスクのライバルとして名を上げた先輩選手で、
越中とは共通のバックボーンがありますが、いずれもピークを過ぎたと見られていました。
しかし彼らは当時、主力だった武藤敬司、蝶野正洋らのスマートなプロレスに対して、泥臭さを
前面に出すことで野党的な軍団として人気を集め、一時は単独興行を成功させるほどでした。
越中はこの平成維震軍のエースとして活躍したのです。一度物珍しさで売れても、二回売れることが
如何に難しいかを考えると、牛後ではなく鶏口となることを選んだ越中のセンスは卓越しています。

さすがに3度目のピークは来ないだろうと思われていたところに、「物真似される」という幸運に
恵まれました。美川憲一ら物真似されることで息を吹き返す芸能人が多いことを鑑みれば、
もうお分かりでしょうが、私は越中詩郎がこのチャンスを逃すはずが無いと考えています。
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「こしなかしろう」と読みます。「ド演歌ファイター」などと呼ばれるが、ビートルズの熱狂的ファン。
ちなみにこれがケンドーコバヤシの「越中詩郎漫談」
こちらは得意技ヒップアタックをはじめとする越中詩郎の名場面集です。
それにしても馳浩(黄色いパンツの人。現・衆議院議員)の見事な受けっぷりには惚れ惚れします。
コーナー最上段から飛んでくるヒップアタックを自然に、そして確実に受けることがいかに
難しいかは想像に難くありません。馳浩には相手の色に染まってみせる余裕と男気がありますね。
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by funatoku | 2007-03-03 01:37 | テレビ・ニュース | Trackback(1) | Comments(2)

早稲田実業、夏の甲子園優勝を祝す

号外が出るほどのニュースに、この極私的ブログで芸の無いコメントするのも間抜けな話だが、
これだけは書いておきたい。早稲田実業と斎藤佑樹君、優勝おめでとう。そしてお疲れ様でした。
夏の甲子園、いや野球の試合でこれほどドキドキしたのは久しぶりだった気がする。
早実センバツ優勝時のエースは病気療養中の王貞治監督だったり、決勝戦が引き分け再試合に
なるのは太田幸司が活躍した三沢vs松山商以来などと、野球ファンには懐かしい名前も出た。

全7試合を驚異的なスタミナで投げ抜いた斎藤君。「クールな」エースと表現されたが、
本来は熱いタイプで、あのポーカーフェイスはセルフコントロールの賜物ではないかと思う。
普段はコントロール重視で低めに球を集めるが、ここぞという時に高めに140キロ台後半の
荒々しい速球を決めにいくあたり、なかなか「熱い」ハートの持ち主のようだ。
「駒大の三連覇を阻むのは早実」「次は完封したい」などという冷静にして強気な発言も、
相手との心理戦を計算に入れた発言なのだろう。決勝再試合が決まって、もう一試合出来る
喜びを淡々と語る様子は、駒大苫小牧に無形のプレッシャーを与えたに違いない。
その昔、早実の先輩荒木大輔投手は余りの人気沸騰のせいか、何だかいつも戸惑ったような
表情をしていたが、優勝を決め号泣する斎藤君は感情を素直に表現していて、荒木、太田のような
悲劇性の系譜とは明らかにベクトルが違うキャラクターの持ち主のようでもある。
それに投球の合間にキチンと折り畳んだハンカチで汗を拭うというのは、普通の行為なのに
今まで誰もやらなかったコロンブスの卵で、長年の野球ウォッチャーとしても意表を衝かれた。
何をやらせても成功しそうなスター性の持ち主で、一緒に下宿している兄が食事の面倒を
みているなんてほのぼの系エピソードも(しかもその為に浪人してしまったとか)味があった。

これから秋にかけて、海外遠征や国体などが続くはずだが、斎藤君には次の段階の備えて
十分に身体のケアをして欲しいと思う。正直なところ、この夏がピークではないかという
危惧が無いではないのだが、そんな危惧は裏切ってくれるに越したことは無い。
プロからも注目されているだろうが、大学に進んで神宮の森を沸かせてくれることを願っている。

早稲田実業という学校は、私の世代にとっては地元東京の甲子園常連校として親しみがある。
特に荒木大輔投手が活躍した頃は、私の中学の同級生もレギュラーとして出場していたのだ。
後年私が早大に通うようになると、実業(早稲田内部の人間はそう呼ぶのだ)から来ている
学生もクラスにいるし、大学の目の前に校舎があるのでより身近な存在になった。
そして早実は5年前に都下国分寺市に移転したのだが、当時私も国分寺の住民だったので、
毎日見ていた早実が自分の町に引越してきた上、小学校が出来たり、男女共学になったりという
変化には驚かされたものである。直系の付属校ではないので、昔は早大への推薦入学枠が
多くなく、入試難易度もそれほど高くはなかったと記憶しているが、最近ではほぼ全員が
早大に進学するようになり、付属の早大学院より難化したという話も聞く。
早稲田の街に早稲田が根付いているように、早く国分寺の街にも早実が根付いて欲しいと思う。

ところで、私が理解に苦しんだのは決勝戦、再試合ともエース田中君を先発させなかった
駒大苫小牧の香田誉士史監督の采配だ。傍で見ている以上に田中君が疲労していたのだろうが、
エースを温存して失点して負けても後悔が残らないのだろうか。どうもこの時点で早実に
精神面で圧倒されていたように思えてならない。田中君は判定に不服そうな表情を見せたり、
ニヤリと笑ったりふてぶてしいヒールの雰囲気が、アイドル系の斎藤君とは対照的で面白かった。
こちらはすぐにプロ入りした方が伸びそうだ。

(8/24追記)
来ましたね、「佑ちゃん」ブーム。あのハンカチはどこで買えるかと問い合わせが殺到したそうですが、
昨日判明したところでは、大阪の「ニシオ」社のもので5万枚発売されて既に完売とのこと。
「GIUSEPPE FRASSON(ジョゼッペ・フラッソン)」は無名のイタリア人デザイナーらしい。
実在するなら驚いているでしょうな。1枚400円の量産品だったというところも、好感度アップ。
知り合いの女性は、彼の顔の拭き方には行儀が良くて品があると言ってました。
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by funatoku | 2006-08-22 01:04 | テレビ・ニュース | Trackback(1) | Comments(0)

台風11号、関東に接近か?

台風11号、首都圏縦断の恐れ…東北にかけて強い雨

 強い台風11号は25日夜、静岡県や神奈川県などの一部を暴風域に巻き込みながら、伊豆半島・石廊崎の南西の海上を時速約20キロで北東に進んだ。
 台風の接近に伴い、東海や関東地方で激しい風雨に見舞われるところが出ており、静岡・御前崎では25日午後8時10分に最大瞬間風速45・7メートルの暴風を観測した。また、神奈川県箱根町では、25日午前0時からの雨量が370ミリを超えた。
 気象庁の観測によると、25日午後9時現在、11号は石廊崎の南西約40キロの海上にあり、中心気圧は955ヘクト・パスカル、中心付近の最大風速は40メートル。中心の南東側110キロ以内と北西側70キロ以内では風速25メートル以上の暴風が吹いている。この台風の影響で、空の便に欠航が相次いだのを始め、JR東海道新幹線にも遅れが出た。
 11号は、関東地方に上陸する見込みで、その後、首都圏を縦断し、26日午後には茨城県から福島県にかけての太平洋沿岸で再び海上に出る見通し。また、進路にあたる東北地方では、26日午後6時までの最大雨量が250ミリとなるところもある。
(読売新聞) - 8月25日22時53分更新

これを書いている今も、私の部屋の窓には時折、横なぐりの雨が叩きつける音が聞こえています。
大抵の台風は関東に近づくと、勢力が衰えたり、進路を東に変えたり、速度を速めたりするので、
これほど東京を直撃しそうな台風は久しぶりです。皆様も充分に御注意ください。

と、言ったものの私、実はNHKの深夜の台風情報が結構好きなんです。30分毎に流れるのを
昔は酒飲みながらボケーッと待ってたりしたものです。合間の静止画像の時に流れるBGMも
ヒーリング系というのか、ニュー・エイジ系というのか、夜中に聴いてると結構いいんですよ。
日常の中に舞い込んできた“非日常”という感じが私好みなのでしょうが、不謹慎ですね。
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(追記)結局、千葉県をかすめて太平洋に抜けましたね。東京西部では夜半過ぎには静かになり、
朝には雨も風もおさまっていました。朝の電車も若干遅れていた程度でした。
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by funatoku | 2005-08-26 00:14 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(0)

“破壊王”橋本真也急死

<訃報>橋本真也さん40歳=「破壊王」のプロレスラー

 人気プロレスラーの橋本真也(はしもと・しんや)さんが11日午前、脳幹出血のため、横浜市内の病院で亡くなった。40歳だった。代理人の弁護士事務所によると、自宅で倒れ、救急搬送されたが、既に心肺停止状態だったという。葬儀の日取りと喪主は未定。
 岐阜県出身。1984年にアントニオ猪木さんが率いていた新日本プロレスに入門。パワーあふれる戦いぶりで一躍、人気レスラーになった。その後も元柔道世界王者の格闘家、小川直也さんとの対戦などが注目を集め、「破壊王」のニックネームでも知られる。
 2000年に独立して新団体を設立したが、昨年末にフリーに。昨年、右肩を手術し、復帰を目指していた。
(毎日新聞) - 7月11日21時26分更新

ネット上での第一報は午後3時頃だったでしょうか。言葉も無いというのが今の心境です。
私が一番プロレスを見ていた90年代前半に、ちょうど選手としてのピークを迎えていたのが、
新日で言えば「闘魂三銃士」の武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也であり、全日で言えば「四天王」
三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太だったのです(小橋だけはピークは後年ですが)。

私はキックという技が余り好きではなく、“巧い”タイプのプロレスラーを好むので、好みを言えば、
この7人の中で橋本が上位にくるわけではありません。しかし、この中で一番、豪放磊落というか
“トンパチ”というか、昔気質のプロレスラーらしかったのが誰かと問われれば、橋本真也であると
答えますし、多くの人も同じなのではないでしょうか。決して試合巧者というタイプではないのに、
幅広いタイプの相手と、ゴツゴツとした“見た者の心に残る”名勝負を残してくれました。
その後の世代の選手が、技術的に優れていながら越えられない壁と言えるでしょう。
90年代後半には他団体との対抗戦や、小川直也戦に代表される総合格闘技色の強い試合の
先陣を任されることが多く、巧い選手にはない、“何が起きるか分からない”部分を買われての
起用だった訳ですが、こうした試合はリスクも消耗度も高いので、生き方の不器用さを感じます。

2000年に新日本プロレスを飛び出してからは、目にする機会が減ってしまいましたが、
経営者としても成果をあげつつある三沢、武藤、蝶野に比べて、後ろ盾も無いインディーズ団体の
長となった橋本には、金銭面以外でも色々と苦労が多かったのではないかと思います。
このあたりにも“不器用さ”が現われていますね。彼が愛された所以でもある訳ですが。
選手としても、業界のリーダーとしても、これからもう一花咲かせようというところだったので、
急死が残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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攻撃面がクローズアップされることが多かった人ですが、私は橋本の“受け”が一番好きでした。
長州力のラリアットを食らっても、意地でも倒れない、とか。倒れた方がダメージ少なそうですが。
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by funatoku | 2005-07-12 00:21 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(4)

「プロ野球中継 中日-ヤクルト」(5/3 NHK総合)

いやー、凄いものを見てしまった。
途中から見始めて、随分低音の解説者がいるなと思ったら、ゲストの森山周一郎である。
ところがこの森山先生が、とにかく喋る喋る喋る喋る喋る…。殆どワンマン・ショー状態なのだ。
かつて「週刊ベースボール」で連載コラムを持っていたので、熱烈な中日ファンであることは
知っていたが、中日のみならず野球全般にこんなに詳しいとは思わなかった。昭和29年優勝の
想い出から、現在の各選手の調子まで知悉していて、喋りまくるのだ。あの低音で。

選手上がりの解説者は、ベテランのアナウンサーから喋りを勉強しながら解説を覚えるらしいが、
そもそも森山は喋りのプロであり、NHKの看板アナである筈の堀尾正明アナも押されっぱなし。
しかも、戦況分析はなかなか的確で、なまじの本業(誰とは言わないけど、○ー○大○保氏とか)
よりよっぽど説得力があるのだ。何しろ、あの声だし。
スロー画像を見ながらの投手の球種チェックなど本来は解説者の仕事のはずだが、
森山が「山本昌のシンカーはリリース時に指先で抜いているんです」などと解説してしまうので、
解説者・小早川毅彦の出番が無いの。実況の途中でチャイムを鳴らし、
「小早川チェックのコーナー」などと言って、堀尾アナが必死で小早川にも話をふっても、
結局殆ど森山が喋ってしまうので、さすがに小早川氏が気の毒になったが、笑ってしまった。

堀尾、小早川ですらその有様だから、レポーターの竹林宏アナなんか、森山が何か喋ると、
そのデータ探しに右往左往していて、コントみたい。しかし、岡本真也投手がリリーフ登板すると、
森山が思いついたように「去年より太った」と指摘するので、慌ててデータを調べてみたところ、
本当に去年より5キロ体重が増えていたことが判明したりして、周一郎先生侮りがたし。
そこでさらに「メジャーの中継ぎには、よく腹が出た投手がいるけど真似してるのか」
なんていうのは、言わずもがなのジジイの洒落だが。

2ちゃんねるを見たら、賛否では否定が7割くらいという印象だった。私は負けたヤクルトファンだが、
今日は本当に笑った笑った。時々やってる徳光和夫の巨人偏向中継の方がよっぽど不快。
老人がテレビを見ている時にありがちな、“見たもの全てにコメントしてしまう”癖さえ無くせば、
是非レギュラー化して欲しい位だが、それが一番難しいのかも知れない。
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(以下5/4追記)
3日のNHKプロ野球中日-ヤクルト戦の中継で、ゲストの俳優森山周一郎(70)が「中日が優勝すると不吉なことが起きる」との趣旨の発言をし、同局に抗議が約240件寄せられた。尼崎JR脱線事故の直後だけに、不謹慎と受け止めた視聴者が多かったようだ。また森山が積極的なトークを展開したため「しゃべりすぎ」「うるさい」などの批判も多かった。同局は「重く受け止めている。今後、ゲストの選定などに視聴者のご意見を生かしていきたい」とコメントした。
[2005/5/4/08:23 日刊スポーツ紙面から]

予想されたこととは言え、抗議殺到(苦笑)。まあ「不吉なこと云々」だけは余計だったですかね。
しかし、世の中には何と狭量な御仁が多いことか。私は森山先生支持を表明したい(笑)。
私は、ここまでテレビの“暗黙の了解”を逸脱して喋り続ける人を見たのは、「笑っていいとも」で
1時間近く喋り続けた有吉佐和子氏以来なので、興奮しながら見続けてしまった。
茶の間にいながらにして“日常ルール”を逸脱するハプニングを楽しめるなんて、滅多に無いのに…。
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by funatoku | 2005-05-03 18:50 | テレビ・ニュース | Trackback | Comments(2)