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「孤独死」は悲惨なのか? 〜追悼・桜井センリ〜

 マスコミは「有名芸能人の孤独死」と騒いでいるんですが、どうも違和感があります。「この人らしい大往生だったな」というのが私の感想でした。

 私はクレージーキャッツ全盛期には間に合わなかったけれども、物心ついた頃から「シャボン玉ホリデー」を見ていた世代です。大学生の頃に改めてクレージーキャッツにはまり、クレージー映画5本立てに友人を誘ったりして“布教”に努めていました(笑)。
 私にとってのスーパースターは植木等でしたが、一番親近感を覚えるのは桜井センリだったんですね。

 クレージーキャッツの歴史について書かれた書物は意外に少なくて、その中で桜井センリの生い立ちに触れられたものとなると更に少ないんですが、そこで描かれた人間像は印象的でした。東京下町のいわゆる“江戸っ子”とは違った、昔の山手育ちの東京っ子らしさを感じるんですね。
 人間嫌いというほどじゃないけど、シャイで人見知り。人を押しのけようとは思わず、争い事になりそうになると自分は黙って一歩退いてしまうタイプ。押しつけがましいことは、するのもされるのも嫌い…。
 あまり得をする生き方とは言えないでしょうが、それだけにあくせくせずに悠々と生きたように見える桜井センリに私は共感と憧れを抱いたのでした。

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 桜井センリさんは1926(大正15)年、日本郵船勤務だった父親の赴任先であるロンドンで生まれました。3歳で帰国してからは東京暮らしで、小学生の頃から東京芸術大学が開いていた音楽教室に通い、ここでピアノを習ったというから本格的です。中学は私立暁星中学(旧制)に進学。小学生の頃は学年総代になるぐらい優秀だったそうです。

 〈「感性の強い子って、小さいうちはできるんです。勉強しなくてもできるから、しないくせがついちゃう。気がつくとできなくなっているという典型例ですね、ボクは」〉
(山下勝利『ハナ肇とクレージーキャッツ物語』朝日新聞社1985 p127)

 〈人間もあまり好きではない。人間というより、人間同士のつきあいが得意でない。
「それは子どものころからずっとでしたね。一人でいることが多かったせいか、一人が好きでした」
 母親が病弱だったため、朝起きることができない。朝食は前の晩に用意されていたものを一人で食べて学校に行った。兄がいたが、一緒に食べた記憶はない。自分のほうで避けていたのかも知れない。一人だと落ちつける。〉
(同書p123)

 兄と食事をした記憶が無いとはかなり極端ですが、人一倍感性が鋭くて内向的。そんな様子が浮かび上がってきますね。
 また、お坊っちゃん育ちのようでも、幼少時に自宅が差し押さえを食ったこともあるといいますから、やや虚無的な性格も加わったかも知れません。同書でも過去のことはあまり覚えてないと言って著者を戸惑わせていますが、覚えてないというより過去にこだわらない性格なのでしょう。

 大学は早稲田大学政治経済学部。ロンドン生まれ、暁星育ち、早稲田の政経とくれば、商社や金融関係に進みそうなルートで、後に有名コメディアンになるような要素は見当たりません。
 ただ、同じ学部の後輩として言うと、桜井さんにとってこの学部はあまり居心地が良くなかったのではないかと思います。天下国家を論じるという気風があって何かと理屈っぽいのです。そして、マンモス学校なので常に自己主張をしていないと自分の居場所を確保出来ない。シャイで感性が鋭い桜井さんとは正反対の“野暮”な校風なんですね。
 こういう環境が逆に背中を後押ししたのか、大学を2年で中退してジャズピアニストとして活動をはじめます。

 〈「ピアノ弾きが少なかったからです。使われたのは。それにしても三月に一度ぐらいで引き抜かれていましたから、ギャラがぽんぽんあがって、二年ほどしたらかなりいいバンドにいましたね。」〉
(同書p128)

 昭和29年にフランキー堺のシティ・スリッカーズに加入して、そこで植木等と谷啓に出会うものの、翌年には脱退して三木鷄郎の冗談工房に加入し、テレビ番組の音楽を作曲する一方で、コントにも出演。昭和35年にクレージーキャッツのピアニストだった石橋エータローが病気で倒れた時、代役として桜井センリに白羽の矢が立ったのは「音楽」と「コント」という方向性が一致したからでしょう。

 クレージーキャッツ全盛期については省略しますが、グループとしての活動が一段落してから、桜井さんは映画やテレビドラマのバイプレイヤーとして活躍。「男はつらいよ」にも最終作まで計10本に出演しています。
 しかし、テレビのいわゆるバラエティ番組には殆んど出演していないんですね。Wikipediaのプロフィールにも記載が少ないし、私も見た印象がありません。クレージーキャッツはバラエティ番組の先駆者とも言える存在ですが、リーダーのハナ肇以外のメンバーはバラエティ番組に出なくなりました。中でも桜井さんは俳優としての出演が多いのに対して、バラエティが極端に少ない。

 「クレージーキャッツ」という“祭”が終わった後は、元の繊細な芸術家肌に戻っていったと見るのは穿ち過ぎでしょうか。
 作詞や脚本でクレージーキャッツを支えた青島幸男は桜井センリを「器用で小回りがきく。だけどあの人はクレージーでなにかやるより、ほかに行ったら大変な人だ。ピアノの先生で音楽的素養は十分で、作曲もすればオペラの専門家でもあるんだから」と評しています。(同書p200)
 先程から引用している『ハナ肇とクレージーキャッツ物語』ではそんな桜井さんの性格についてこう記します。

〈「いまでも家に帰るとホッとします。だから、たばこも外ですうだけ。家では一本もすわない。落ちついているからすう必要がない」
 保守的というより内向的といったほうがいい。食事を例にとってもそれはいえる。普通の人なら大勢の人と一緒にしたほうが楽しいというが、桜井センリは他人と一緒だと半分しか食べられない。一人ならば食べたいだけ食べることができるが、人前だとどうにもおちつかない。
 酒はかなり強い。クレージーでは安田伸がいちばん強いが、これは体で飲むタイプ。体の割に強いのが石橋エータロー。これは酒豪といっていいだろう。その二人に負けないぐらい桜井センリも飲む。
 ただし、この酒も家ではあまり飲まない。一人でいるときはなにもしないでも心安らかでいられるからだ。飲みたいときは赤ちょうちんに行く。そこで落ちついていられれば腰をすえて飲む。隣席の客が仕事の話なんかを仕掛けてくると、いやになってすぐ帰る。相手がこちらに気を使っていることはわかるが、どうにも我慢ができない。
「もう少しラフになって、あの女優はこうだなんて話を合わせればおもしろいんでしょうが」〉
(同書p123-124)

 家にいるのが好き。一人でいるのが好き。
 “人に会うのが商売”の週刊誌記者である著者は、芸能人らしからぬ桜井さんを何やら珍しがっているようです。

 ただ、これを読む限り結婚生活にはあまり向かない人じゃないかなあとは感じますね。同書に桜井さんの結婚についての記述はありませんが、家族というものにやや関心が薄そう。
 ちなみに私が見たニュースでは「葬儀は親族のみで〜」と報じており、“家族”という言葉は使われていませんでした。

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 さて、このように多趣味で、過去にこだわりが無くて、一人でいるのが好きで、家族に関心が薄いという人が、いわゆる「孤独死」を必要以上に怖れたとは私にはどうしても思えないのですよ。マスコミは孤独死の悲惨さを喧伝しますが、人によりけりじゃないでしょうかね。一律に「気の毒な孤独死」扱いするのは如何なものか。
 ひと月前まで車を運転していたというから86歳まで健康。新聞が溜まっているのを見た近所の人が通報したというから、恐らく最短で発見。何よりも一番愛した自宅で亡くなった訳です。羨むべき人生で、以て暝すべきではないでしょうか。


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■桜井センリさん死去…クレージーキャッツ
(読売新聞 - 11月12日 12:04)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2219759&media_id=20&from=diary

コミックバンド、クレージーキャッツのメンバーだった俳優の桜井(さくらい)センリ(本名・桜井(さくらい)千里(せんり))さんが11日、東京都内の自宅で死去しているのを通報を受けた警視庁牛込署員が発見した。
桜井さんは一人暮らしで外傷はなく病死とみられる。
86歳だった。告別式の日程は未定。
早稲田大学在学中からジャズピアニストとして活動し、1954年、フランキー堺さんが率いるシティ・スリッカーズに参加した。60年にクレージーキャッツに加入し、石橋エータローさんと共にピアノを担当した。フジテレビ「おとなの漫画」や日本テレビ「シャボン玉ホリデー」のほか、植木等さんが主演した映画「無責任」シリーズでも、グループの一員として活躍した。
さらに俳優として、松竹の「運が良けりゃ」「男はつらいよ」シリーズなどの喜劇映画や、TBS「遥かなるわが町」、日本テレビ「前略おふくろ様」、NHK「新事件」などのテレビドラマに出演し、味のある脇役として存在感を示した。クレージーキャッツの存命者は、犬塚弘さんだけとなった。

(mixi日記から転載)
by funatoku | 2012-11-14 06:28 | 文庫・新書 | Trackback | Comments(1)
Commented by narato at 2014-12-20 22:12 x
同感です。もし、独居老人になったら、孤独死は日常のすぐそばに転がっています。独居が貧困や孤独を意味するのでなければ、孤独死は、覚悟の上です。


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