金原亭伯楽著『小説落語協団騒動記』(本阿弥書店)

今、落語ファンの間ではちょっとした話題になっている本である。

1978年(昭和53年)に、三遊亭円生が一門を引き連れて落語協会を脱退した騒動を、
早世した金原亭馬生の弟子で、当時珍しかった大卒落語家である著者が描いた小説である。
この時の騒動については、三遊亭円丈『ご乱心』など既に何冊かの本が出ているのだが、
本書も一度は脱退組に名を連ねかけた経緯も含めて、当事者でならではの話が続々。

「芸のない者が協団内部の事情だけで真打に昇進する、こんなお客様に失礼な話はない。
悪い品でも売ってしまえばいい、そんな商売していたら、いつかお客様にソッポを向かれます。
それがあたしは怖いと言っているんです。」(三遊亭円生)


「おい、お前等、下の者に先を越されて悔しくないのか」(略)
「よし、じゃあお前等全員、俺が真打にしてやる。その代わり、今後俺の言うことは聞けよ、
俺が会長になった時も俺の言うことに逆らうな」(立川談志)
十八人全員、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。


「師匠、そろそろ会長を誰かに譲る気はありませんか」(談志)と切り出した。
「そりゃ、どういう事だ」(柳家小さん)
「私は、会長はもう立派に会長としてやることはやったと思いますよ」(略)
「じゃあ、誰に譲れと言うんだ」
「私にやらせてくださいよ」
「お前にだと」小さんの声が大きくなった。


突然、立川談志が発言した。
「円生師匠、この場でこの落語三遊協会の次期会長は誰か、師匠の目の黒いうちに
決めておきましょうよ」
一同、シーンとして息を呑んだ。(略)
「次期会長は(古今亭)志ん朝さんにお願いしたいと思います」(円生)
談志の顔色が変わった。(略)
その五分後、この応接間の電話が鳴った。円生が電話を取って、ほんのしばらく耳に
あてていたが、静かに受話器を戻すと、
「談志が、この協会を抜けると言ってきました」


「なあ(金原亭)馬生さん、俺はこの一連の騒動が治まったら会長を辞める。
その時は、馬生さん、あんたが会長を引受けてくれ。だから頼む。ここの所は協団のために
副会長となって貰って、一緒に考えて貰えないだろうか」(小さん)


「桂太(伯楽)、お前、これから直ぐに志ん朝の家に行け、そしてこれからあたしの言うことを
間違いなく伝えて返事を貰って来い」(馬生)
「この夜中にですか」
「そうだ、事は重大なんだ。お前もこの重大さを認識して行動しろ」


いくら素人とはいえ、学生マージャンで鍛え抜かれた桂太(伯楽)の目が、これを見逃す
わけがなかった。半チャン二回の勝負が済んで、二人の先輩二つ目が負けた金を払って
先に帰った。桂太は勝ちも負けもしなかったが、帰ろうとする小ゑん(談志)に声をかけた。
「兄さん、俺たちが盲目だとおもって、あんなことをやったんだろうが、見える奴だって
いますよ。あんなことをやってると、何時か指がなくなっちまいますよ」(略)
「おお桂太、おまえ、きのうマージャンで小ゑん兄さんを脅かしたって」
橘家升蔵(月の家円鏡→橘家円蔵)が聞いてきた。
「脅かしたなんて人聞きの悪い、ご注意申し上げただけですよ」
「こいつあ面白れえ、今夜俺のうちで飲むから、お前来いよ」


「あなた(志ん朝)の前ですが、あたしは会長時代に失敗したと思うことが一つあります。
それは(三遊亭)さん生(円生の弟子・現川柳川柳)を真打にしなかった事です。
今考えますと、彼の芸を認めなかったわけじゃなかったんです。あの以前に、あまりにも
感心しない真打が三人も出来たでしょ。それでなんとか、ちゃんとした真打を作りたくて、
まああせっていたんでしょうなあ。それであたし好みの三人(柳家小三治、三遊亭円窓、
入船亭扇橋)を抜擢しました。その後すぐに、さん生を一人で真打にしておけば、
二十人真打を作る口実など与えなくて済んだのかもしれません」(円生)


何と言うべきか、落語界の香盤(席次のようなもの)は人を狂わせますなぁ…。
談志脱退が無ければ、小さん政権はあそこまで長くならなかったかも。意地になってる感じ。
しかし、横並びで昇進させた柳家小さんより、昔ながらの実力主義を主張した三遊亭円生の
方が、むしろ今の時代に合っているように感じられた。著者も円生に共感しているようだし、
円生亡き後その役目を期待していた古今亭志ん朝が亡くなったのが執筆動機だという
なお、この本は全部仮名になっているのだが、ここでは全部実名に戻して引用しました。b0058309_1614223.jpgb0058309_1011473.jpg
[PR]
by funatoku | 2005-01-26 01:38 | 落語 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://funatoku.exblog.jp/tb/1833922
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by pecking at 2005-01-28 00:59 x
落研に在籍していたというのに落語にはご無沙汰な私です。
そんな本が話題になっていたとは知りませんでした。
若い頃、「ご乱心」は何度も繰り返し読みました。
それとほぼ同時期に出版された春風亭一柳師の「噺の咄の話のはなし」も熟読した記憶があります。
たしか円生一門で落語協会に残ったのが川柳師(さん生)と一柳師(好生)。
寄席では「落語」を語らず常に大爆笑をとっていた川柳師と、高尚な芸を追求しようとして技量が追いつかず自ら命を絶った一柳師が同じように師匠に反目したというのは何か不思議な気がします。
特に一柳師は、寄席に出てくると客としてはがっかりするほどつまらない噺家でしたが(失礼)、いつも「円生の真似」をしようとして失敗していたようです。
ある意味、あれほど円生を愛していた人はいなかったのかも知れませんな。
Commented by funatoku at 2005-01-28 15:34
去年、私が出入りしていた狼(2ch)のスレッドに「昔、池袋の中トリで伯楽師匠が、30分
談志師匠の悪口を言い続けたのを見た」という書き込みがありまして(モー娘。板なのに・笑)、
私は意外に思ったのですが、つまり、この本のようなことを喋っていたんでしょうね。
円生師匠の“実力主義”は良いと思いますが、その実力を円生師匠だけに判断させるのはまずい気も…。
その後、入門4年でショボイ真打を誕生させた弟子の円楽を見たら、円生師匠は何と言うでしょう?
でも、羨ましいなぁ、当時の寄席での好生さんとか覚えておられるんですよね。
私とpeckingさんに若干年齢差があり、私が浪人してブランクが入ったりしたため、
“大人の目”で生の円生師匠を見る前に亡くなってしまったんですよ。
当時の私に言ってやりたい。「もっと円生・正蔵の落語を見て、国鉄のローカル線に乗っておけ」と。


<< 柳家喬太郎独演会(1/27 横... 中村彰彦さん(作家)に故・宮脇... >>