『名君の碑 保科正之の生涯』(文春文庫)『鬼官兵衛烈風録』(角川文庫)など会津ものを
中心に骨太の歴史小説を発表し続け、昨年暮には大作『落花は枝に還らずとも 会津藩士 秋月悌次郎』(中央公論新社)を刊行したばかりの直木賞作家・中村彰彦さん。 先日、何年かぶりで中村さんと、武蔵野市内でゆっくりお酒を飲む機会があったので、 私は2003年2月に亡くなった紀行作家・宮脇俊三さんの思い出をお尋ねすることにした。 鉄道ファンから敬愛された宮脇さんと、中村さんの接点はちょっと分かりにくいかも知れない。 種明かしをすると、中村さんは元々文藝春秋の編集者時代に宮脇さんの担当だったのだ。 宮脇さんは一人旅もしくは編集者との旅を好んだが、後者の紀行文は同行の編集者との 会話が文章の見事なスパイスとなっている。ただ編集者の側は結構緊張しているのでは ないかと思われる。というのは、「先生と同行している」「失敗するとネタにされる」なんて こと以上に、何しろ宮脇さんは中央公論社で「日本の歴史」「中公新書」等を成功させた “伝説の編集者”なのである。中村さんが関わったのは、『失われた鉄道を求めて』 (89年、文藝春秋刊。現在は角川書店の『宮脇俊三鉄道紀行全集3』に収録)である。 この本で宮脇さんは、それまで堀淳一さんぐらいしか書いていなかった廃線歩きを 初めてテーマとして取り上げた。そしてこの本の同行者“加藤君”こそが中村さんである。 この本で“加藤君”は廃線跡を歩いていて、しばしば遺物を発見して宮脇さんを驚かせたり、 現地でも抜群の行動力で取材して回り、「さすが週刊誌記者出身」などと感心させている。 実は中村さんも、担当する某有名作家が歴史小説を書く時に、本人が見つけられなかった 史料を探し出して段ボール箱で送って驚かせた、というような“伝説の編集者”だったのだ。 この作品以降、宮脇さんはそれまでの鉄道紀行に加えて、『古代史紀行』『戦国史紀行』 といった歴史ものへも作風を広げていくのだが、この本の取材を通して若き歴史作家から 刺激を受けたことが契機だったと解釈しても、そう間違いではないだろう。 また95年から刊行されて10巻を数えた編著書『鉄道廃線跡を歩く』(JTB)シリーズは、 “鉄道廃線ブーム”を巻き起こしており、現在もこのジャンルのバイブル的存在である。 ところが、こうした契機を作った中村さん自身は鉄道ファンでも、まして廃線ファンでも ないのである。中村さんのお宅は私が育った場所に近い(お子さんは同じ小学校)のだが、 「何だかウチの近くにも廃線跡があるんだって?」 「あります!戦後一時、緑町に国鉄スワローズの球場があって、その引込み線ですね。 子供の頃にあの廃線跡を探検したのが、私の鉄道趣味の原点なんですよ」 そのうちこの廃線跡を30ウン年ぶりで歩いてみて、このブログでも紹介したいと思います。 宮脇さんは、“加藤君”いや、中村さんが執筆に専念するため文春を退職した時には心配 して角川書店の編集者を紹介し、現在に至るまで中村さんの本も角川から多く刊行されている。 取材旅行の時は夜、一緒に酒を飲みながら宮脇さんの話を聞くのが楽しみだったとのこと。 「(亡くなったのは)76歳。最後の方は老化が早くて驚きましたよ。足が弱ってからは、 あんなに旅行好きだったのに、旅行にも全然行かなくなっちゃって…。 でも、作家としては思い残すことは無いんじゃないかな。全集まで出たんだから」
by funatoku
| 2005-01-25 21:44
| 一期一会
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