IE9ピン留め
立川談春独演会「第4回 黒談春」(2/19 紀伊国屋ホール)
「黒談春ってどういう意味?」と頭に?マークを点滅させつつ紀伊国屋ホールへ。「黒談春」「白談春」という独演会をシリーズでやっているのは知っていたのですが、来るのは初めてだったのです。

立川談春「宿屋の仇討ち」
 平日昼の独演会というちょっと珍しい時間帯のせいか、客席を見渡して「狙った通りの大人の客層で」などらしくないことを言う。競艇の旅打ちで釧路に行ったら、所持金が600円になってしまい、そのまま飛行機で帰ろうと思ったら天候不順で飛行機が止まってしまった話。夫婦で1泊3万円の温泉旅館に泊まった話。露天風呂に入っていたら、黒人の子供が海水パンツを穿いたまま入ってきたので叱った。あとから続いて二人は入ってくるので、どういう親かと思ったら本物のロバート・デニーロだった。デニーロに「ヘイ!ミスター」と呼びかけて露天風呂は100%源泉であることを英語で伝えようとしたが、「百が日本語だということが分からなくなっているんですね」。部屋に帰って奥さんに話したら「営業だったのね」。誰に話してもどうせそっくりさんだろうと信じてくれないが、廊下で戸田奈津子さんとすれ違ったから本物に間違いない…。
 談春師というと、つい上手さを強調してしまいがちで、なかなか文章では伝えにくいのですが、マクラの面白さはピカ一です。理知的な部分と馬鹿馬鹿しい部分のバランスが良くて、かつタイミングが絶品。

 「宿屋の仇討ち」は東海道神奈川宿が舞台。前夜は小田原の宿でうるさくて眠れなかったので、静かな部屋に泊めてくれという侍が来る。ところが、この隣室に江戸っ子三人組が泊まって芸者をあげてドンチャン騒ぎ、相撲をとり始めたり、夜話でのろけ話を始める始末。困り果てた侍は江戸っ子たちののろけ話を逆手に取って一計を案じる…という噺。
 江戸っ子たちの浮かれっぷりと、隣の侍が怒っていると聞かされた時の間の良さ。「二本差しが恐ろしいのかい」「恐ろしくはないが怖いじゃねえか」。侍が「伊八!」と宿の者を呼ぶタイミングも素晴らしい。縛り付けられた三人を伊八が「仇討ちしなくてももうすぐ死にそうですよ」。談春師はこういうドタバタ喜劇も実に間が良くて1時間笑い通しでした。

立川談春「札所の霊験」
 この「黒談春」は他では出来ないネタ下ろしをやるのだそうで、故三遊亭円生師匠は自分の独演会のお客様には我が儘をさせて頂くという考えから珍しい演目をかけたといいますが、「黒談春」は円生流の実験をする会らしいです。だからというわけではないでしょうが、この「札所の霊験」は円生師の「円生百席」という音源はあるものの三遊亭円朝作のかなり珍しい噺。

 越後榊原藩の水司又市という下級武士が湯島の岡場所の小増という花魁に惚れて通いつめるが、無粋な田舎侍で相手にされず、挙句の果てに暴れ始める。仲裁に入った水司の上役の息子の中根善之進が小増と深い仲と知って逆恨みし、待ち伏せして切り殺して逐電する。やがて年季が明けた小増は七兵衛という商人の後添いになるが、二度の火災に遭って没落してしまい、知人を頼って越中国高岡に流れ着く。ここで夫婦に金を貸してくれた永禅という和尚は実は水司又市で小増と段々深い仲になる。そのことを知った七兵衛は永禅をゆすりにかかるが、逆に斬り殺されてしまう…。

 登場人物の誰にも感情移入出来ないこと甚だしいです。田舎侍は思い込みの激しいストーカーだし、花魁は図に乗って悪態ついたりする性悪。中根は格好つけるが実が無く、没落した七兵衛も根性がさもしくなっています。この噺は因果応報がメインテーマのようで、この後で床下に隠した七兵衛の死体が発見されて、永禅の悪事が露見することになります。

 途中で笑える部分は殆んどありませんし、元はとても長い噺なので続き物というスタイルで出来ない現代では演じられなくなったのも無理はありませんね。確かに迫力はあるので演者に問題があったわけではなくて、談春師の力量をもってしても1回だけで現代にフィットさせることは難しい噺ということだと思います。談春ファンの私も正直なところ70分が長く感じられました。終演後に幕を上げて、「お互い大人なんですから、黙って帰ってください」とは洒落でしょうけど(笑)。

 「青空文庫」に原作がありました。今回は1~4、15~18を繋げた形での上演でした。このチョイスだとストーリーは進むものの、テーマが見えにくくなってしまったきらいがあります。人情噺と分類されているようですが、原作とざっと見比べると人情噺としても怪談噺としてもやや輪郭がぼけたように感じられるのですね。
# by funatoku | 2008-02-20 01:13 | 落語
林家たい平独演会「天下たい平 vol.25」(2/8 横浜にぎわい座)
柳家ごん坊「動物園」
 失業した男が動物園のバイトに雇われて、ライオンの着ぐるみで檻の中でライオンのふりをしていたら、トラと戦わされそうになって慌てる。しかし、トラが近寄ってきて耳元で「心配するな、俺も雇われた」。寄席の浅い出番でたまに聞くものの、東京のホール落語で前座がやるのはちょっと珍しいかも。明治末期に大阪で出来た新作だそうで、そういえば10年くらい前に大阪の小さな落語会でも聞いた記憶があります。

林家たい平「愛宕山」
 「今日、2月8日は楽太郎師匠の誕生日」とまずは笑点ネタ。この日は場内の平均年齢が結構高めで、「笑点」ファンが多いのかも。この 「天下たい平」は普通は日曜昼にやっているのだけれど、今回は金曜夜に開催し、過去にここでネタ下ろしをした分から二席。
 自宅で豆撒きをしようとしたら奥さんに止められて、仕方なくレジ袋の中に向かって豆を投げ入れた(笑)。ギャラは出ないが蟹を食べさせると言われて山代温泉に行ったら、他の人が蟹を食べている間に落語をやらされた。などとマクラを振ってから本題へ。
 たい平師演じる幇間の一八の印象を一言で言えば「ダメ人間」(笑)。何しろ酒席で客より酔っ払っているし、小狡さや計算高さは余り感じさせないお調子者。旦那に連れて行かれての山登りの場面の、息の演じ方が実に絶妙。歌を歌って勢いをつけようとするも、「歌と足が合わないね」というあたりは爆笑しました。
 旦那のキャラクター設定は微妙に意地悪。鷹揚に見えるものの、幇間への酷薄さがチラチラと出ていて、この辺の対比がストーリー全体に心地よい緊張感をもたらしている感じです。崖上でためらう一八の背中を小僧に押させておいて、「俺はお前に指示しただけだよ」と「まるで時津風親方」などというブラックな時事ネタも(笑)。
 旦那がばら撒いた小判を求めて崖から飛び降りたりする一八の必死さを、たい平師は表情豊かに演じていました。この一席は表情の比重が大きい印象でしたね。

太田家元九郎(三味線漫談)
 見るのは久しぶりかも。お変わりなくて何より。

林家たい平「幾代餅」
 TBSが取材に来た。落語家とは縁の深い局なのに何故自分にと思ったら、長老たちには訊き難い件だった。王監督の娘・王理恵が婚約者の蕎麦を食べる音が気になるといって破談になりそうな件で、落語での蕎麦を食べる音の仕草を実演させられた。うどんと蕎麦の違いなどをやってみせると、「ではカレーうどんでは?」「木久蔵ラーメンでは?」(笑)。そして問題の「オクラトロロ納豆蕎麦」をズルっと食べてみせて、「それじゃ排水口です」。
 「幾代餅」は「紺屋高尾」の同工異曲。浮世絵を見ただけで、恋の病で寝込んでしまうということ自体が現代では現実離れしていて、二次元に萌えるアニメおたくだって寝込んだりはしませんからね。ですから、私はこの噺をあまりまともにハッピーエンドまで演られるのはちょっと苦手で、立川談春師匠のように思い切った人物造型と緻密な心理描写という現代的リアリズムでゆくか、或いは思い切ってファンタジーとして楽しく演じて欲しいところです。
 たい平師はどうやら後者を選んだようで、寝込む清蔵に「餃子でも食べたのかい」と時事ネタで笑いを交えつつ進めます。そして、吉原に着いてからの描写は更にテンポアップしてとても簡潔で、帰ってから幾代を迎えるエンディングまでも実に快調に進みました。この噺にしっとりとした廓噺の風情を求める人にはちょっと物足らない演出かも知れませんが、上述の通り私はたい平師匠の演出を支持したいと思います。
# by funatoku | 2008-02-16 20:37 | 落語
“二代目・徳光和夫”
 昨年、二代目林家木久蔵を襲名したと思ったら、今度は二代目林家三平襲名だそうです。本来「襲名披露」というのは大名跡で行なうものでしょうが、林家木久蔵も林家三平も元々は前座の名前でした。ところが初代が若くして有名になったために、大きな名跡に改名しなかったのです。
 伝統芸能の場合、名前とともに型を継承するという部分もあるわけですが、三平も木久蔵も型破りな個性で売った人ですから、芸を継承するのは息子とはいえなかなか難しいのではないかと思います。そういうマイナス面を差し引いても初代の知名度を継ぐだけのメリットがあるでしょうが、知らん間に意外なところで“二代目襲名”が粛々と進行していたのです。それがこの徳光正行

 徳光和夫の次男で1971年生まれ。中学時代にプロレスラーを目指したが、三浪ののち日大芸術学部音楽学科に入学。卒業後はロック歌手を目指すも、2001年に父の病気を機にタレント活動に転身。何だ?この経歴(笑)。見事なまでに一貫したドラ息子路線には感心しますが、2006年にテレビ東京「レディス4」の司会者に抜擢されます。
 「レディス4」はテレビショッピング番組の嚆矢とも言える長寿番組で、前身の「リビング4」(当時はフジテレビ)は1971年に始まっています。高崎一郎のキザで軽妙な司会ぶりが私は当時から結構好きでした。番組冒頭でやたら流暢な英語で番組名を言うのが、当時のテレビでは類が無くて面白かったのです。
 高崎一郎といえば「オールナイトニッポン」初代パーソナリティとしても有名で、日本にアメリカのDJスタイルを持ち込んだ先駆者でもあるのですが、「リビング4」は三越の岡田茂(当時専務。のちに社長を解任されて有名になりますね)がアメリカ流のテレビショッピング番組を日本に定着させるために、アメリカの放送業界に詳しい高崎氏と組んで始めたのだそうです。また、高崎氏がニッポン放送在籍時に当時の社長に音楽ビジネスの将来性を説いて、ポニーキャニオンが設立されたのだそうで、日本の放送史に残る人物と言えます。
 83年にテレビ東京に移って「レディス4」と名前を変えてからも、高崎氏は長く司会を務めてきましたが、2003年2月に体調不良のため降板し、二代目司会者には俳優の柴俊夫が就きました。洗練された前任者に比べて無骨な感じの柴の起用は意外性がありましたが、2006年10月に三代目司会者の女優・大島さと子と交替し、この時にサブ司会という形で徳光正行が起用されたのです。ふぅ、やっと本題に戻った。

 サブ司会やアシスタントというのは、メイン司会者に合いの手を入れたり、コーナー名を言ったり、告知を読み上げたりするもので、若手女子アナなどが担当することが多いのですが、徳光正行は見事なまでに何もしません。せいぜい笑って頷いている程度。或いは商品を試食して頷いているとか。「オールナイト・フジ」の松本伊代だってもう少し働いていたぞ(笑)。
 私は初めてこの番組で徳光正行を見た時に何者なのか見当もつかず、番組内イジメでも受けているのかと思ってしまいました。そして調べたら徳光和夫の次男ということが分かり、思わず納得。父の徳光和夫は「司会者」などと呼ばれていますが、現在では実際に番組を進行させることは殆んどありません。周囲の誰かが番組を進行させて、本人は「巨人がどーした」などと好き勝手なことをコメントしているだけです。徳光正行はまさに父親の現在のスタイルをコピーしたと言って良いでしょう。
 しかし、父親が今の立場になるまでには随分色々な司会を経験しています。ザ・デストロイヤーに足4の字固めをかけられたり、「クイズダービー」の司会では大橋巨泉の後任なんてやり難そうなポジションだったり。そういう経験を経て、今のフリーハンドのような立場を獲得したわけですが、息子はいきなり現在の父親の真似。何だか落研の学生が、名人の形だけ物真似しているような感じがします。和夫=名人なのかはよく分からないけど。

 日本人は二世とか二代目には概して甘いものですが、いきなり父の老後の芸風を真似して“二代目”に名乗りをあげて、果たして受け入れられるのかなあと思っていたら、昨年末徳光正行はあっさりと「レディス4」を降板していました。わずか1年2ヶ月。さすがにそこまで甘くはなかったということでしょうか。
 甘いと言えば、徳光和夫の父親、つまり正行の祖父は日本テレビの重役から、東京12チャンネル(現・テレビ東京)へ転身した人なのだそうです。徳光正行の「レディス4」起用に祖父の影響を見るのは穿ち過ぎかな?
 ともあれ、こうして徳光正行の“徳さん襲名”は一旦挫折した形で終わりました。しかし別の番組で見る限り、特に喋りが苦手というわけではなくて、親父のエピソードなどをそれなりに面白く語っていたりします。取り敢えずは徳光和夫伝説の語り部として“徳さんブランド”に磨きをかけつつ、いつの日か自分が“二代目・徳さん”を襲名する…。徳光正行の丸顔からそんな捲土重来の野望が透けて見えてくるような、こないような…。
# by funatoku | 2008-02-06 07:05
相撲“稀少技”とプロレス技の関係序説
「知らなかった相撲の決まり手ランキング」
 特に相撲ファンではない私も知らなかった技が多いのですが、一部は知っていました。そして説明図によると見覚えのある技が少なくないようです。
 私はプロレスファンなので、プロレスのリングで時折見かけるのですね。
 日本のプロレスの祖・力道山は関脇でしたし、馬場・猪木時代にも角界出身レスラーは多かったのですが、最近では天龍源一郎(前頭筆頭)、田上明(十両・玉麒麟)、安田忠夫(小結・孝乃富士)などがいるものの、すっかり少数派になってしまいました。
 とはいえ、プロレスには相撲の遺伝子が今でも生きているようなので、相撲の稀少技とプロレス技の関係を少し見てみましょう。

1 ずぶねり
2 撞木反り(しゅもくぞり)
3 伝え反り
4 波離間投げ(はりまなげ)
5 小褄取り(こづまとり)
6 褄取り(つまとり)
7 後ろもたれ
8 居反り(いぞり)
9 徳利投げ(とっくりなげ)
10 たすき反り
11 渡し込み
12 網打ち
13 素首落とし
14 ちょん掛け
15 掛け反り(かけぞり)
16 合掌捻り(がっしょうひねり)
17 三所攻め(みところぜめ)
18 櫓投げ(やぐらなげ)
19 二枚蹴り
20 大逆手(おおさかて)
21 呼び戻し
22 割り出し
23 外無双
24 裾取り(すそとり)
25 腕捻り(かいなひねり)
26 極め出し
27 河津掛け(かわずがけ)
28 巻き落とし
29 掛け投げ
30 引っ掛け

1の「ずぶねり」は横綱双羽黒こと北尾光司が、プロレス転向前に必殺技だと東京スポーツ紙上で語っていたことがありましたが、結局プロレスのリングでずぶねりが話題になることはありませんでした。相手の胸に頭をつける体勢は、北尾のような長身選手には却って不利という気もします。
2の「撞木反り」はバックフリップですね。田上明が若手の頃によく見せていた他、新日本の蝶野正洋も得意技にしています。
4の「波離間投げ」は敢えていえば、サイドスープレックスの体勢に近いかなあ。ただサイドスープレックスは胴をホールドして相手を背中から落とすように後方に放り投げます。アマレス出身のジャンボ鶴田が時折見せていましたね。
5の「小褄取り」の体勢から自分から倒れこむようにして、捻りを加えればドラゴン・スクリューで藤波辰爾の得意技として有名。95年の新日本・Uインター対抗戦で、武藤敬司が高田延彦に決めた一発は歴史に残る名場面でした。
6の「褄取り」はアマレスではよく見かけますし、プロレスでもこの体勢から逆エビ固めに持ち込んだりしますね。
7の「後ろもたれ」のように、バックを取られた選手が相手をコーナーポストに押し込んだりするのもよく見る光景。
8の「居反り」は初代タイガーマスク(佐山聡)のライバルとして知られた小林邦昭が82年に初公開したフィッシャーマンズ・スープレックス。その後も小川良成などジュニアヘビー級の選手がよく使うイメージがあります。
9の「徳利投げ」は首投げに近いのかなあ。プロレスで相手を横にする場合の定番ですが、こんなに正面からきれいに決まることは滅多にありません。大相撲出身の力皇猛(前頭・力櫻)が「合掌落とし」と称している技がこれに近いようです。
10の「たすき反り」は2に似ていますが、この体勢はアマレスの「飛行機投げ」に近いですね。馳浩(現・衆院議員)、中西学などアマレス出身の選手がこのムーブを見せます。このまま横に倒れこみ、相手の頭部にダメージを与えれば、デスバレー・ボムになります。
11の「渡し込み」は片足タックルというアマレスの基本技。ボクシングの亀田大毅がこの技をチャンピオン内藤大助に仕掛けて反則負けしたのは記憶に新しいところです。
12の「網打ち」は相手の腕関節を極めて投げているようなので、アームロックと言えるかな。合気道あたりにありそうな技です。
13の「素首落とし」は後頭部へのエルボードロップですが、危険過ぎるせいかプロレスラーはこの体勢では余りやりませんね。ボクシングでも後頭部へのパンチは禁止のはず。相撲の危険さが現れている技と言えるかも知れません。
16の「合掌捻り」はベアハッグの体勢に似ています。プロレス界ではベアハッグは相撲の「さば折り」がルーツと言われていますが、形としてこちらの方が近いですね。ベアハッグはこのまま投げずに締め上げてギブアップを狙い、ストロング小林、北尾光司など怪力レスラーが得意としていました。
18の「櫓投げ」は相撲でも柔道でもありそうです。相手の股に足を差し入れて持ち上げるというのはプロレスでもある動きで、ドリー・ファンク・jrがロープを利用しつつジャイアント馬場にこれを仕掛けて場外に落として骨折させてしまったことがあります。
19の「二枚蹴り」は柔道の支え釣り込み足らしいですね。柔道出身の選手は無意識にやってそうです。
21の「呼び戻し」は大相撲出身の大黒坊弁慶(十両・花嵐、本名・小谷一美)の得意技。プロレスのフロント・スープレックスでもこのような体勢になる瞬間はあるのですが、後ろ反り投げなので投げ方が異なります。
23の「外無双」はアマレスにもある技で、アマレス出身選手は当然使いこなします。
25の「腕捻り」は“鬼嫁”北斗晶の旦那としても有名になった佐々木健介の「逆一本背負い」に似ているように見えますが、もう一つ自信がありません。滅多に見れませんが相撲にも「一本背負い」という決まり手はあるのだそうです。
26の「極め出し」は相手の前から両腕を抱え込んで関節を極めているように見えますが、この体勢から相手を自分の後方に投げるという荒業を見せたのは豊田真奈美で、「フロント・フルネルソン・スープレックス」という名がついていました。若い頃の豊田はあらゆる体勢から投げをうっていましたね。UWF時代の鈴木みのるも似た動きを出したことがあるそうです。
27の「河津掛け」はジャイアント馬場の得意技で、自らも倒れこみながら相手の後頭部に確実にダメージを与えていました。最後は16文キックでフォールを取ることが多かったのですが、晩年にはその前に出す河津掛けが、実質的なフィニッシュホールドになっていたと言えるでしょう。
29の「掛け投げ」は柔道の内股で、プロレスでも四つに組んでから見られる基本動作と言えるでしょう。
30の「引っ掛け」はプロレスでよく見る「相手をロープにとばす」体勢に似ていますね。
(写真左:マイク・ロトンドのバック・フリップ。写真中:太陽ケアのフィッシャーマンズ・スープレックス。写真右:アントニオ猪木の河津掛け)

 このようにプロレスと相撲の動きは重なる部分があるのですが、相撲技が今でも「決め技」になっている例は多くないようです。理由としては、相撲では相手を横にすれば試合が終わりますが、プロレスではそこから攻防が始まるという競技の違いが挙げられます。プロレスラーは投げられるのになまじ抵抗して怪我するより、素直に投げられて次の攻防に備えることが多いのですね。受け身はプロレスラーの見せ場の一つでもあります。
 しかし、私は誰か相撲技をプロレスの必殺技として甦らせてくれないかなあと思っているのですよ。「合掌捻り」だの「三所攻め」だの名前がいいじゃないですか。90年代に「相撲軍団」という覆面レスラー軍団が現われて(現・大黒坊弁慶らが所属)、相撲技を決め技にしたことがあったのですが、それだけはもたなかったのか、程なく割と普通のパワーファイターにスタイルを変えてしまいました。
 プロレスは総合格闘技に押されて退潮気味ですが、原点である相撲を見直すことが、また新たな展開へのヒントになるような気がしてならないのです。


知らなかった相撲の決まり手ランキング
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=387262&media_id=45
日本の国技大相撲。2007年は横綱・朝青龍の帰国問題など、ワイドショーネタとして取り上げられることもありましたが、間近で見ると力士の迫力や繰り出される技に圧倒される競技であることに変わりはありません。「突き出し」や「押し出し」といった聞きなれた決まり手も含めて、現在では日本相撲協会が82の技名と技でない決まり手5を認定しており、相撲の奥深さを改めて感じます。多くの決まり手の中でも「知らなかった」という人が多かったものは、《ずぶねり》《撞木反り》《伝え反り》などでした。(後略)
# by funatoku | 2008-01-22 23:18 | テレビ・ニュース


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